スポーツ

王貞治氏 小久保の2000本達成観戦せず「主役は一人でいい」

 世の中には様々な上司と部下の関係があるが、その中でも球界のこの2人こそ「日本一」と呼べるのではないだろうか。王貞治と小久保裕紀――。互いに高いプロ意識を持ち、球界内外で尊敬を集める野球人同士が、運命のもとに上司と部下となり、絶大な信頼関係を築きあげた。(文中敬称略)

 * * *
 今季、満身創痍の小久保は、「(2000本安打という)目標が近くにあるから頑張れる」とキャンプでは新人時代と同様の調整を続けた。オフには、長年悩まされてきた首の痛みをとる手術を受けていた。開幕すると、稲葉篤紀(日ハム)、宮本慎也(ヤクルト)が次々に2000本安打を達成した。同年代に先を越される焦りもあった。

 だが、大記録達成を目前にして開幕に臨んだ小久保には、秘かに思う「達成したい日」があった。交流戦の日程を調べて、王の誕生日(5月20日)が巨人戦であることを知り、「その日に2000本安打が打てれば、自分の体はどうなってもいい」とさえ思っていた。

 が、その無理がたたった。持病の腰痛が悪化、ヘルニアと診断され、目標の日での達成は叶わなかった。記録達成まで「あと1本」と迫りながら、5月25日に登録が抹消された裏には、王への強い思いがあった。

 およそ1か月、鍼治療とリハビリに取り組んだ末、腰は回復した。いや、本人が回復したつもりになっているだけかもしれない。直訴しての早期復帰だった。そして6月24日のヤフードーム――。

 小久保が40歳8か月で達成したプロ野球2000本安打は、宮本の41歳5か月、落合博満の41歳4か月に次ぐ3番目の年長記録だった。名球会の仲間入りを果たした小久保は、胸を張ってこう語った。

「王会長には、逆境にあるときも、自分で道を切り開かないと前へは進めないということを教えていただきました。今の自分があるのはその教えのおかげです」

 それは“息子”小久保が学んだ、“父”の教えといって差し支えあるまい。王は3女の父。王にとって、小久保は後を託せる息子のように思える存在なのかもしれない。上司として王は自らと同じ妥協を許さぬ姿勢を最愛の部下に感じとり、こう命じてきた。

「試合に出るからには必ず打て。打って結果を出せ」

 そして、忠実な部下は見事その命令を全うした。

 最愛の“孝行息子”が大記録を作ったその場にいられなかったことは、やはり残念ではなかったのか。

「いやいや、一世一代の晴れ舞台に、主役は1人で十分でしょう」

 王はそういって笑う。ただ、こうつけ加えることも忘れなかった。

「今はまだ通過点。でも名球会のグリーンのブレザーだけは、ボクが自分の手で着せてあげたいね」

■スポーツライター・永谷脩

※週刊ポスト2012年7月13日号

関連記事

トピックス

山口組分裂抗争が終結に向けて大きく動いた。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
「うっすら笑みを浮かべる司忍組長」山口組分裂抗争“終結宣言”の前に…六代目山口組が機関紙「創立110周年」をお祝いで大幅リニューアル「歴代組長をカラー写真に」「金ピカ装丁」の“狙い”
NEWSポストセブン
「衆参W(ダブル)選挙」後の政局を予測(石破茂・首相/時事通信フォト)
【政界再編シミュレーション】今夏衆参ダブル選挙なら「自公参院過半数割れ、衆院は190~200議席」 石破首相は退陣で、自民は「連立相手を選ぶための総裁選」へ
週刊ポスト
Tarou「中学校行かない宣言」に関する親の思いとは(本人Xより)
《小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」》両親が明かす“子育ての方針”「配信やゲームで得られる失敗経験が重要」稼いだお金は「個人会社で運営」
NEWSポストセブン
中居正広氏と報告書に記載のあったホテルの「間取り」
中居正広氏と「タレントU」が女性アナらと4人で過ごした“38万円スイートルーム”は「男女2人きりになりやすいチョイス」
NEWSポストセブン
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波も(マツコ・デラックス/時事通信フォト)
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波、バカリズム脚本ドラマ『ホットスポット』配信&DVDへの影響はあるのか 日本テレビは「様々なご意見を頂戴しています」と回答
週刊ポスト
大谷翔平が新型バットを握る日はあるのか(Getty Images)
「MLBを破壊する」新型“魚雷バット”で最も恩恵を受けるのは中距離バッター 大谷翔平は“超長尺バット”で独自路線を貫くかどうかの分かれ道
週刊ポスト
もし石破政権が「衆参W(ダブル)選挙」に打って出たら…(時事通信フォト)
永田町で囁かれる7月の「衆参ダブル選挙」 参院選詳細シミュレーションでは自公惨敗で参院過半数割れの可能性、国民民主大躍進で与野党逆転へ
週刊ポスト
約6年ぶりに開催された宮中晩餐会に参加された愛子さま(時事通信)
《ティアラ着用せず》愛子さま、初めての宮中晩餐会を海外一部メディアが「物足りない初舞台」と指摘した理由
NEWSポストセブン
「フォートナイト」世界大会出場を目指すYouTuber・Tarou(本人Xより)
小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」に批判の声も…筑駒→東大出身の父親が考える「息子の将来設計」
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《妊娠中の真美子さんがスイートルーム室内で観戦》大谷翔平、特別な日に「奇跡のサヨナラHR」で感情爆発 妻のために用意していた「特別契約」の内容
NEWSポストセブン
沖縄・旭琉會の挨拶を受けた司忍組長
《雨に濡れた司忍組長》極秘外交に臨む六代目山口組 沖縄・旭琉會との会談で見せていた笑顔 分裂抗争は“風雲急を告げる”事態に
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 中居トラブル被害女性がフジに悲痛告白ほか
「週刊ポスト」本日発売! 中居トラブル被害女性がフジに悲痛告白ほか
NEWSポストセブン