6月24日、ソフトバンクホークスの小久保裕紀が史上41人目となる2000本安打を達成した。ケガや不本意なトレードなど、決して平たんではなかった彼の野球人生には、常に“王貞治”が存在した。(文中敬称略)
* * *
プロ野球選手・小久保にとって最初の危機は、1997年に発覚した脱税問題だ(※1)。小久保は、罰金700万円と1998年シーズンの開幕から8週間の出場停止処分を受けた。若かったとはいえ、一社会人としては言い訳のしようもない失態である。この時に王が小久保にかけた言葉は、
「結果を真摯に受け止め、これからの人生にどう生かすかだ。今からが勝負だからな」
というものだった。
2度目の危機は2003年のオフ、突如として巨人へ異例の「無償トレード」を宣告された時のことだ(※2)。このトレードは、チームメートはもちろん、監督の王さえも知らされていない“球団事情”によるものだった。不当な扱いに、主力選手は次々に怒りを露わにし、福岡の街では前代未聞の「トレード阻止」の署名運動まで発生する。小久保が沈黙を貫くなか、王はあえて小久保を突き放す言葉をかけた。
「自分の人生なんだから、苦難の時は自分で切り開いていきなさい」
王はこの意図について、
「優しい言葉も必要かもしれないが、戦う場にいる者に対して、それは甘えにつながるから」
といっていたが、小久保にはその真意がわかっていたのだろう。
「逆境で優しい言葉をかけられるより、突き放した言い方の方が、こっちも“よーし”と力が湧いてきたような気がします。ありがたかったですよ」
が、王はその裏で巨人の監督就任が決まっていた堀内恒夫に連絡をとって、
「小久保は自分で自分の面倒をきちんとみることができる男だから。よろしく頼む」
とフォローすることも忘れない。トレード発表の後、ダイエーのキャンプに別れの挨拶に来た際にこう言葉を贈っていた。
「お前はガムシャラにやればいいんだ。でも、巨人の色に染まるなよ」
※1 1997年、プロ野球の選手・コーチが脱税に関与していたことが発覚し、刑事罰や出場停止処分が下された事件。小久保は所得税法違反で在宅起訴され、懲役1年(執行猶予2年)と罰金700万円、8週間の出場停止処分を受けた。
※2 2003年オフ、中内正オーナー(当時)が小久保の巨人へのトレードを発表。ダイエー側が交換要員も金銭も要求しないという、前代未聞の「無償トレード」だった。移籍の理由は、当時の球団社長との意見の相違などが挙げられたが、球界に大きな衝撃を与え、この年優勝したダイエーは抗議の意味を込めて優勝旅行をボイコットした。
■スポーツライター・永谷脩
※週刊ポスト2012年7月13日号