児童虐待が増加の一途をたどっている。5月に発表になった、2011年の全国自治体別児童虐待の相談件数は、年間5万6000件で過去最多になっている。子育て不安や不況による経済的な問題を抱えた養育者が、子供への虐待に向かっていく現状が垣間見える。
悲惨な虐待の事例はたくさんあった。近年では2010年、大阪市西区のマンションで、3才の女児と1才の男児を置き去りにして失踪し、餓死させてしまった下村早苗被告(当時23才)のケースが記憶に新しい。離婚を契機に、飲食店や風俗店で働くうちにネグレクトに陥り、自宅に戻らないで夜も遊び歩くようになった。近隣からは、大阪市の虐待ホットラインにも通報がなされていたが、幼い子を助けられなかった。
そして今年の6月27日には、滋賀県大津市で29才の母親が、重い気管支肺炎に苦しむ1才7か月の三男を放置し、死亡させた事件が報じられた。この母親はインターネットのチャットに没頭しており、救急隊員が発見したとき、三男は汚れたおむつをはいたままベッドに横たわっていた。
2009年に長男(当時4才)が自宅窓から転落して死亡して以来、育児や家事をやる気が起きなかったという母親は、チャットに「癒しを求めていた」と供述している。
「自分の子が愛せない」「かわいいとは思えない」という母親たちがいる。親の立場から虐待にアプローチし、「親子連鎖を断つ会」を主宰している東海学院大学人間関係学部・同大学院教授の長谷川博一さんは虐待件数の増加について、「行政の対策の不備」と「少子高齢化の社会情勢」の結果だと話す。
「虐待というのは愛しているはずの子供を親が傷つけるという、本来、常識では考えられない現象です。当事者も努力はしているのだけれど、自分を変えられない。それなのに虐待の問題にかかわる自治体の職員は、“なぜ虐待をするのか”といった常識的な問答を繰り返すばかり。きちんとした研修を受けていない職員の質の問題と支援の方向が間違っているから、虐待は増えるのです」
そして長谷川さんは“虐待の連鎖”についてこう話す。
「親から虐待を受けたことによって、子供を虐待してしまうリスクは高まります。自分が大切にされたという体験がないので、子供や他人を大切にするということがわからないのです。殴るなどの行動が連鎖するというより、子供が本当に求めているものが何かわからず、受容するということができない。そういった心理的な連鎖が起きてくる。これが“虐待の連鎖”です」
ネグレクトから殴る、蹴るといった虐待まで、それらは母親や父親自身の“大切に思われていない”“愛されていない”という記憶からスタートしていることが多い。だから、母親の小さな不安を取り除くことが、虐待を食い止めることにつながっていくのだ。
「自分を大切に思うことは、遺伝子が関係するわけではなく、人間関係を通して体感して得ていくものです。共感も言葉で教えて理解できるものではありません。お父さんやお母さん、自分を大切にしてくれる人が自分のことをわかってくれる、という体験があって育ちます」(長谷川さん)
※女性セブン2012年7月19日号