「貿易立国ニッポン」の2011年の貿易収支が31年ぶりに赤字に転落し、マイナス基調が続いている。直接の原因は“想定外”の超円高と東日本大震災、それに続くエネルギー価格の上昇と輸入拡大……などが挙げられる。だが、日本企業を取り巻く環境の変化は、一時的なものではないという。大前研一氏が解説する。
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この5~6年で状況は大きく変わり「日本のアメリカ化」が本格化している。「アメリカ化」とは、強い産業が海外に出て行くことだ。たとえば、かつてIBM、ゼロックス、TI(テキサス・インスツルメンツ)といったアメリカ企業は、いずれも労働コストの安い海外で生産した製品をアメリカに輸入して販売するようになった。それと同様に現在、キヤノン、パナソニック、ソニーなどが日本国内で販売している製品の大半は、中国や東南アジアをはじめとする世界の最適地で生産して日本に「輸入」したものである。つまり、日本を代表する企業の多くが、今やメーカーとしてではなく、“輸入業者”として巨大な存在になっているのだ。
これは10年、20年続くと、後戻りができなくなる。もともとそれらのメーカーは円高と日本国内の人件費高騰が原因で海外移転を進めたわけだが、今では下請け外注だけでなく主要サプライヤーを含めた“一族郎党” が雁首そろえて海外に行ってしまったからである。
そうなると、もし円安になってメーカーが日本に戻って来ようとしても、部品会社は戻ってこないから、部品は輸入しなければならない。したがって、メーカーだけが戻ってくることは事実上メリットがない。現に、昨年のタイの大洪水で日本のメーカーは大打撃を受けたが、多くのメーカーは日本に戻っていないし、他の国に工場を移してもいない。
それどころか、ホンダは被災した工場復旧のために500億円以上の設備投資を行ない、ブリヂストンも約500億円を投資して建設・鉱山車両用ラジアルタイヤの新工場を建設することを決定している。理由は日本の部品会社がタイに集積しているからだ。つまり、産業の海外移転は「一方通行」なのである。
結局、「31年ぶりの貿易赤字」というのは、この日本の「アメリカ化」、日本のメーカーの「輸入業者化」が主要因なのだ。これは実は非常にシリアスで根が深い問題なのだが、そのことに多くの日本人はもとより、主要メディアさえも、まだ気づいていない。
※SAPIO2012年7月18日号