作家・原田マハさん(49才)の最新作『旅屋おかえり』(集英社)が、めっぽう面白い。たっぷり笑わせて泣かせてくれる人情物語なのだ。
そもそも事情があって旅に行けない人の代わりに旅に行く「旅屋」という仕事。言葉からしてありそうで現実にはありっこない。でも、原田さんならではの旅の体験と綿密な取材が生かされて、読む側は主人公“おかえり”こと“丘えりか”とともに人生の旅をもしてしまうのだ。
元は売れないアイドル、いまは売れないタレントのおかえり。唯一のレギュラーだった旅番組でしくじって、崖っぷちに立たされる。メディアに出ることも多い原田さんだけに「芸能界に興味はなかったけれど、テレビの裏側を見て売れないタレントってつらいだろうなって思って、主人公にしました」という。
そしておかえりに限らず、登場人物たちは、のんきに毎日を送っているように見える人でさえ、挫折を経験し、心のどこかに痛みや哀しみを秘めて生きている。
それにひきかえ(?)、作者の原田さん自身は、多くの女性の羨望の的となる華やかな人生を歩いてきた人だ。大手商社や美術館勤務を経て、フリーのキュレーター(学芸員)として、日米の美術館で活躍。さらに作家へ転身して次々と作品を発表。キュレーターの経験を生かした作品『楽園のカンヴァス』(新潮社)では、山本周五郎賞を受賞している。
しかし、おかえりとは仕事こそ違うものの、それなりに辛酸もなめてきたと原田さんはいう。有名企業という組織にいたときは、プレッシャーも小さくなかった。
「そのころは、自分でも突っ張って生きていた、と思います。そして、フリーになって肩書が取れると同時に、誰も振り向いてくれなくなりました。より正確にいえば、それまでと同じように接してくれたのは、100人のうち3人だけでした。だから、そのとき決めたんです。この3人を大切にしよう、と。そして、自分は人を肩書で見ることはやめよう、人間性を見つめて、信頼関係を築いていこう、と」(原田さん)
ただし、せっかくフリーになったのだから、「嫌いな人とは仕事をしない、そのくらいのわがままは許されるでしょう」と、それを貫いてきた。
旅もその延長にあって、「好きなことを存分にしたい」という思いからだ。その結果、『男はつらいよ』の寅さんは、人呼んで“フーテンの寅”だけど、原田さんは、自ら“フーテンのマハ”を名乗るほどの、旅の達人になった。会社を辞めてこの10年、旅を棲家にする日は、なんと年間で150日。国内は47都道府県を制覇し、海外へもしょっちゅう。いつでもどこでも大きなキャリーケースとともに生きる日々である。
※女性セブン2012年7月19日号