映画『外事警察』のほかドラマなどでも注目を集めている公安警察。いまだその実態は厚いベールにつつまれている。
彼らの捜査手法とはどんなものか。元警視庁公安部出身で、警視まで務めた泉修三氏が明かす。
「公安・外事警察の仕事は、『情報集め』と『尾行』が基本であり、それに尽きると言ってもいい。摘発、逮捕の瞬間ばかりが目立つが、それはすべて情報集めと尾行の“結果”にすぎない。私も、2年間、対象者をずっと“行動確認”し続け、報告書をまとめたことがあるほどだ」
行動確認=行確とは、対象者を尾行してその立ち寄り先や面会した相手などをすべて押さえること。そのためには、様々な手法を駆使する。バレないよう、移動に使う車両には変装用の小道具が積んであるのはもちろんのこと、対象者の勤務先や住居の向かいの一室を借り切って「秘撮(盗撮)」したり、必要に応じて「秘聴(盗聴)」もする。
公安OBが語る。
「日本の警察には特殊機材を開発する部署がないから、基本的に機材は自作。時には秋葉原で部品を買ってきたりすることもある。
行確には無線が欠かせないが、それは一般の警察官とは違う無線機を利用している。詳細は言えないが、行確する捜査員は耳の奥に超小型イヤホンを入れて、ワイシャツの裏にボタンのような小さなマイクを縫い付けることもある。他人から見たら、無線機を使っているなんて、まったくわからないはずだ」
追いかけるだけではなく、ターゲットが現われるのを“待つ”こともある。それも、刑事のような「通常の張り込み」ではない。再び泉氏。
「私が知っているケースでは、正式に警察を退職する手続きをとって“一般人”になってから、外国人が集まる怪しげなクラブに勤めて、そこで捜査を続けた者がいた」
彼らの情報収集の真骨頂とも言えるのが、「S」などという隠語で呼ばれる「協力者(スパイ)」作りである。捜査対象者に近い人物を“公安のスパイ”に仕立て上げるのだ。 スパイ作りの基本パターンは、次の通りだ。
まず、協力者となりそうな人物について身上を徹底的に調査する。その上で、スパイとしての適性があるかどうかを見極める。例えば、捜査対象者との関係はどうか、金に困っていないか、などである。重要なのが、いつ、どのように接触するかの段取りだ。
例えば、行きつけの飲み屋を調べて偶然を装って隣に座り、話しかけたりする。これを何度か繰り返して親しくなり、信頼感を得た上で、協力を要請して説得に当たる。この間、身分を明かすことでそれまでの関係が破綻しないように、様々な工作をしておく。
例えば、家族の祝いやお見舞いなど、何かにつけて金品を渡す。場合によっては、自分の家族を紹介して安心感を持たせることまであるという。
ある公安OBが実際に行なった例では、何度か酒席を共にしながら最初は割り勘にし、徐々に手渡す額を数千円単位で多めにして、カネを受け取ることに慣れさせていったという。相手の生活相談などに親身に乗り、月に数万円の小遣いを渡す関係に至ったところで、いよいよ身分を明かして情報の提供を要求する。
持ち出させる情報についても、最初は誰でも入手できるようなビラや機関誌などを要求する。それに対しても大げさに謝意を示し、「足代」などとして数千円~数万円を渡す。そして徐々に重要情報に迫っていく。
こうしておけば、いよいよ核心的な情報を求められたり、捜査対象者の近くに秘聴のための発信機などを置いて欲しいと頼まれたりした時に、断われない。つまり後戻りできないように「S」を取り込んでいくのだ。
※SAPIO2012年7月18日号