資産運用や人生設計についての多数の著書を持つ作家・橘玲氏が、世界経済の見えない構造的問題を読み解くマネーポストの連載「セカイの仕組み」。世界金融危機が起こった時、市場の暴走に気付きながらも投資に失敗した「ヘッジファンドの帝王」ジョージ・ソロスについて、橘氏はこう解説している。
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警世の書『ソロスは警告する』には、2008年1月時点の投資戦略が掲載されている。そのなかでソロスは、不動産バブル崩壊にともなう米国の不況は長期化するものの、中国やインドなど新興国の経済は堅調で、商品や金などの価格上昇はつづき、アラブ産油国の国富ファンドが「最後の貸し手」になるだろうと述べている。なによりソロスの一貫した主張はドル崩壊で、金融危機によって“予言”が実現することに絶対の自信を持っている。
それから半年後にリーマン・ショックが起こり、世界経済は激震に見舞われた。その後の現実とソロスの予想を比較してみよう。
まず、先進国の不況と新興諸国の好況が共存するとのデカップリング論は完全に間違っていた。中国やインド、ブラジル、ロシアなどの株価も、世界金融危機を機に急落した。同時に商品や金、原油価格も大幅に下落した。
ドバイの不動産バブルがはじけ、政府系不動産開発会社の債務返済が滞った。オイルマネーの金融市場への流入も、リーマン・ショック以前の投資(アブダビ投資庁からシティグループへの8100億円など)が巨額の含み損を抱えたことから完全に途絶えた。
金融危機はヨーロッパ諸国にも飛び火し、「ヘッジファンド国家」と化していたアイスランドが破綻し、次いで東欧諸国やギリシア、アイルランドがEUやIMF(国際通貨基金)の救済を受けることになった。こうした事態はどれも、ソロスの「予言」には書かれていない。
とりわけ大きな間違いは、ソロスが絶対の自信を持っていた「ドル崩壊」だ。
リーマン・ショックの後、ヘッジファンドなどへの解約請求が殺到したためユーロ資産を売却してドルを買い戻す動きが加速し、為替相場はドル高ユーロ安に大きく動いた。ソロスの確信とは異なって世界金融危機でドル崩壊は起こらず、ユーロ危機が先にやってきた。この「再帰性」を見誤ったために、ソロスはドル売りユーロ買いの巨額のポジションで莫大な損失を被ることになったのだ。
ソロスは、一貫して「市場は効率的だ」という経済学の前提を否定してきた。彼は複雑系の科学とはまったく独立に、「再帰性」という哲学的な概念を駆使して、市場が互いにフィードバックする複雑系のスモールワールドであることを論証した。
ソロスの予言どおり、金融市場は崩壊し、巨大金融機関がいくつも消滅した。しかしそれでも、ソロスは「間違った」のだ。
*ソロスはその後、自らの「予言」を検証し、それがほとんど外れたことを潔く認めている(『ソロスは警告する2009』)。ソロスの名誉のために付け加えれば、この新著では、中国やインドなど新興国の株価がいち早く回復することを正確に予想している。
(連載「セカイの仕組み」より抜粋)
※マネーポスト2012年夏号