ツイッターで火が付いた「小さな雑誌」がネットで大きな話題になっている。7月10日に発売になった朝日新聞社発行の月刊誌「Journalism」7月号だ。元々はジャーナリズム研究者など「玄人」向けの雑誌がなぜ話題になったのか。ノンフィクションライターの神田憲行氏が紹介する。
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月刊誌「Journalism」は公称約2000部、都内の書店でも10店しか置いていないというミニコミ誌のような雑誌だ。編集部によると主な読者は「ジャーナリズム研究者か研究機関」という。内容は報道とニュースを巡る諸問題で、主な書き手は朝日新聞の記者たち。たしかに“業界ネタ”が多く、一般読者はなかなか手を取らないだろう。
話題になったきっかけは、同社の特別報道部に所属する奥山俊宏記者による「福島原発事故 報道と批判を検証する」という記事。6月号からの続き物で7月号では「下」となっているのだが、「事実に基づかない批判」という小見出しのあとで、自由報道協会代表の上杉隆氏のメディア批判について、反論しているのだ。
よく知られているとおり、上杉氏は記者クラブの閉鎖性から端を発して既存メディア(主に新聞)に批判を繰り広げてきた。それに対してツイッターなどで朝日新聞の記者などが反論を試みたケースはあるが、同社の記者が自社媒体という公の場で、正面切って反論したのはこの記事が初めてではないだろうか。
奥山記者はこの記事の中で、たとえば上杉氏が著書で「当初、日本の新聞は政府同様、20キロ、30キロ圏外には放射能が飛ばないと主張」という記述などを引用した上で、
《実際には、たとえば、朝日新聞の3月12日朝刊の見出しは「放射能放出も」であり、12日夕刊の見出しは「放射能放出 5万人避難」である。「放射能が外に出ることはありません」という報道を「朝から晩まで繰り返し」た事実はなく……》
と、具体的に反論している。
著書や講演からの引用だけでなく、奥山記者は直接上杉氏に取材し、氏の「反論」についても「Evidence(証拠)」をもとに、さらに反論を加えている。本記事を読む限りでは奥山記者の主張の方に説得力があり、上杉氏の原発報道に対する批判には首を傾げざるを得ない。ネットでの活動を通して人気を博してきた同氏だけに、SNSなどで話題が広がるのは当然だろう。
一方、私自身が興味深く読んだのが、朝日新聞大阪社会部デスクの稲垣えみ子記者による橋下徹・大阪市長を巡る報道の内側である。「Journalism」7月号の表紙に「書けば書くほど怒られる大阪社会部デスクの四面楚歌」とあるように、どんな記事を書いても「橋下の宣伝か」「橋下の脚引っ張るな」と両方から抗議の電話を貰って「新聞購読を止める」といわれるのだから、ま、他人からすればご愁傷様と申し上げるしかない気の毒な現場からのリポートだ。
橋下氏の例の「教職員への君が代強制条例」について《強制がホントに府民の総意なのか突きつけよう》と街頭取材を試みるのだが、30人中26人が賛成という結果に愕然とする。
《ショックだった。正直、6~7割が「反対」と答えると思っていた。(中略)良心的な世論をリードしているつもりが、振り返ってみたら誰もいなかったのである。私が想定していた読者像は、自分たちに都合のよい甘いものだった》
いくら批判記事を連ねても支持率を増していく橋下氏の存在は稲垣記者にとってかなりの脅威らしく、
《橋下氏を積極的に紙面に載せて全国の読者をひきつけていこうという社の方針には全面的に協力していきたいが、氏は商売のネタにやるような生やさしい相手ではない。朝日新聞が生きるか死ぬかの戦いの相手と考えた方がいい》
8ページに及ぶリポートを読んで、「新聞はいまだに社会の木鐸なのか」「橋下さんを是々非々で論じることは出来無いのか」等々、疑問に浮かぶことも多い。しかし稲垣記者の生々しい危機感は読み応え十分だ。
「Journalism」7月号は、新宿・紀伊国屋本店、神保町・三省堂書店本店などで取り扱っている。