〈八方塞がりの絶望的な状況に陥っており、本人にとっては殺人という選択肢しか残っていなかったと理解することもできる〉
殺人もやむなし――。7月9日、仙台地方裁判所で下された判決には、犯行当時19歳だった被告男性の心情を斟酌する、異例ともいえる文言が含まれていた。2人の歪んだ愛の形が悲劇を招いた――。
* * *
2011年4月、東日本大震災の爪痕が深く残る宮城県亘理町荒浜地区。津波によるガレキで埋め尽くされた無人の街で、吉田明被告(仮名・当時19)は、誰もいない家に侵入し、テレビ、コンポ、自動車のタイヤなどを次々と盗み出していた。
吉田は、この盗みは8歳年上の恋人である大船美絵さん(仮名・当時27)に命じられてやったことだと後に供述している。
「換金してラブホテル代に充てるためだった――」
この頃、吉田の生活はすべて美絵さんの「いいなり」になっていた。
昨年2月以降、吉田は美絵さんに許可をもらわなければ、自由に食事することもできなかった。尿意を催しても、彼女が認めなければトイレに立つことも許されない。2人はもはや愛し合う恋人同士ではなく、「女王と奴隷」ともいうべき隷属関係だった。吉田の我慢が限界に達するのは、もう時間の問題だった。
そして同年9月、宮城県蔵王町の山林で美絵さんの全裸遺体が発見される。白骨化した遺体は、動物に食い荒らされたのか、頭蓋骨などが散乱した状態で見つかった。吉田が殺人と死体遺棄の容疑で逮捕されたのは、遺体発見から間もなくのことだった。
女王と奴隷、そしてついには殺人事件の加害者と被害者――。いつしか異常になってしまった2人の関係だが、出会った当初はごくごく普通の恋人同士だった。
吉田は高校卒業後、地元である宮城県蔵王町のホテルで働いていた。フロントでの接客などをこなし、「職場では真面目で明るく人気があった」(ホテル関係者)という。
一方の美絵さんは、蔵王町から車で30分ほどの町に住む無職の女性だった。地元の資産家の娘で、周囲に「日本舞踊の名取になりたい」と語っていたが、高校卒業後は定職に就かずアパートでひとり暮らしを続けていた。彼女を知る友人がいう。
「化粧っ気はなかったが、顔立ちの整った細面の美人。気が強く、自分の考えを決して曲げない勝ち気な女性でした」
そんな2人が知り合ったきっかけは「出会い系サイト」だった。吉田は、仕事に慣れてきた2010年の夏頃から、彼女欲しさに、たびたび利用するようになっていた。2010年の12月に2人は知り合い、11年元旦に交際が始まった。美絵さんは、吉田には実際より3歳若く「24歳」と伝えていたという。
吉田にとって、美絵さんは「初めての女」だった。冒頭陳述にはこうある。
〈被害者は被告人にとって初めての彼女であり、また肉体関係をもった初めての女性でした〉
〈交際をはじめた当時の被告人は友人からみるととてもうれしそうだったということです〉
高校を卒業して社会人になったばかりの吉田にとって、初めての快楽を味わわせてくれる年上の女性との交際は、何物にも代え難いものだったろう。
しかし次第に美絵さんは意外な性向を現わし、吉田を翻弄し始めたのである。(つづく)
※週刊ポスト2012年8月3日号