ライフ

「全盲の人を見かけたらどうすれば?」全盲の翻訳者の答えは

【書評】『ルポエッセイ 感じて歩く』(三宮麻由子/岩波書店/1890円)

【評者】川本三郎(評論家)

 * * *
 名著『そっと耳を澄ませば』などエッセイストとして活躍する三宮麻由子さんは四歳の時に病気のため視力を失った。その後、上智大学でフランス文学を学び、現在は通信社で翻訳の仕事をしている。

 自らを「シーンレス」(風景がない)と呼ぶ三宮さんが町を歩くとは何かを考える。全盲の人間も社会に出て普通に働きたい。そのためにはまず町を歩かなければならない。電車に乗らなければならない。それがいかに大変か。

 駅のホームは特に危険。シーンレスの三人に二人は転落経験があるというから驚く。ホームはまさに「欄干のない橋」「柵のない断崖」だという。三宮さんも「恐怖のあまり立ちくらみをおぼえる」ことがある。道路にも危険は多い。信号を渡るのにも苦労する。さらに音もなく近づいてくる自転車の恐怖。

 平常時でも危険が多いのに災害時にはそれが極限に達する。3.11の時は「災害弱者」として本当に怖かったという。それでも三宮さんは町に出る。社会に参加したいから。移動することの喜びを感じたいから。

 白杖はシーンレスにとって命の杖、身体の一部だという。はじめて白杖を持って歩いた日、夜、うれしくて杖を抱いて眠った。そして徐々に「歩くって楽しい」と心から感じるようになってゆく。三宮さんの成長の記録でもある。

 最近は前方のモノを感じ取るセンサーのような歩行補助具も開発され、以前よりも歩行が楽になっている。献身的に盲導犬を育てている人達の努力もある。「探索君」とユーモラスに名付けた補助具のおかげで電車などで空席を見つけやすくなったのは有難いという。シーンレスにはそういう問題もあったのかと教えられる。文章が柔らかいのもいい。

 講演のあと子供たちが必ず聞くのは「町でシーンレスを見かけたらどうすればいいか」。答えは「お手伝いしましょうか」と声を掛けること。やはり人の和が大事。これからそうしよう。

※週刊ポスト2012年8月3日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷翔平を応援にきた女性。※こちらの女性たちは「体調不良って嘘ついて会社サボって観にきた」方ではありませんのであしからず…
《大谷翔平フィーバー!》東京ドーム前を埋め尽くす「OHTANI 17」のユニフォーム」、20代女性ファンは「体調不良って嘘ついて会社サボって観にきました(笑)」
NEWSポストセブン
男性キャディの不倫相手のひとりとして報じられた川崎春花(時事通信フォト)
“トリプルボギー不倫”の女子プロゴルフ・川崎春花、阿部未悠、小林夢果を襲う「決勝ラウンド3人同組で修羅場中継」の可能性
週刊ポスト
実際の告知は執行当日、1〜2時間前に行われることが基本となっている
《死刑当日告知裁判》「早朝、革靴の足音で “その瞬間”への恐怖が増す」死刑囚と接した牧師が明かす“執行前の実態”「精神的な負担から睡眠薬頼りに、顔は腫れぼったく面影が消える」
NEWSポストセブン
都内の高級住宅街に大きなあ戸建を建設中の浅野温子
浅野温子、都内高級住宅街に二世帯住宅を建設中 資産価値は推定5億円、NHK元アナウンサーの息子一家との同居で始まる“孫育て”の日々
女性セブン
再婚妻との子どもが生まれた東出昌大。杏はイラストで子どもとの日常を投稿
《東出昌大と新妻による出産報告も突然のYouTube休止》3児の母・杏がSNSに投稿していた「家族イラスト」の意味深な背景
NEWSポストセブン
女優の吉岡里帆(右)と蓮佛美沙子がタッグを組む
【吉岡里帆×蓮佛美沙子】能登復興祈念公演ふたり芝居『まつとおね』で共演 吉岡「蓮ちゃんは、まさに頼りになる『あねさま』」、蓮佛「見ているとハグしたくなるんです」
週刊ポスト
父親で精神科医の田村修容疑者(SNSより)
「供述に信用できない部分も…」ススキノ事件・田村修被告に執行猶予判決、求刑懲役10年を大幅に下回ったワケ
NEWSポストセブン
3つの出版社から計4冊の書籍が発売された佳子さま(時事通信フォト)
「眞子さんにメッセージを送られているのでは」佳子さま(30)のワイン系ツイードジャケットに込められた“特別な想い”《お二人の思い出の場でお召しに》
週刊ポスト
自殺教唆の疑いで逮捕された濱田淑恵容疑者(62)
【独占入手】女占い師の自殺教唆事件で亡くなった男性の長男が手記「200万円の預金通帳を取り上げられ…」「学費と生活費をストップ」、さらに「突然、親子の縁を切る」 警察に真相解明も求める
NEWSポストセブン
2023年12月に亡くなった八代亜紀さん
《前代未聞のトラブル》八代亜紀さん、発売予定の追悼アルバムの特典に“若い頃に撮影した私的な写真”が封入 重大なプライバシー侵害の可能性
女性セブン
旭琉會二代目会長の襲名盃に独占潜入した。参加者はすべて総長クラス以上の幹部たちだ(撮影/鈴木智彦。以下同)
《親子盃を交わして…》沖縄の指定暴力団・旭琉會「襲名式」に潜入 古い慣習を守る儀式の一部始終、警察キャリアも激高した沖縄ヤクザの暴力性とは
NEWSポストセブン
キルト展で三浦百恵さんの作品を見入ったことがある紀子さま(写真左/JMPA)
紀子さま、子育てが落ち着いてご自身の時間の使い方も変化 以前よりも増す“手芸熱”キルト展で三浦百恵さんの作品をじっくりと見入ったことも
女性セブン