2012年上半期、東京には新たな大型商業施設が次々にオープンした。夏休みシーズンになりいずれも連日多くの人が訪れているが、それらの施設に共通するのは“居心地の良さ”の追求である。
例えば、4月に開業したお台場の「ダイバーシティ東京」。英語で多様性を意味する「diversity」という単語が由来となっているこの施設の設備について、施設運営担当・古館さんは次のように話す。
「私たちは“ダイバーシティ”という言葉が示す通り、どんな年齢でもどんな国籍でも、多様な方々に来ていただきたいと考えており、また食事・買い物・スポーツなど、どんな多様な目的にも対応できるような設備を用意しています。そういったあらゆるお客様のニーズに応えることが私たちの使命です」
そんな多種多様のお客様に楽しんでもらい、ゆったりと過ごしてもらえるよう、同施設は各フロアの中央に広くゆったりと座れるように「休憩スペース」を用意。レストスペースはオムツ交換室やベビー休憩室のほか、人工肛門や人工ぼうこうとなった方々のためのオストメイト対応トイレ、キッズトイレと充実している。そしてさらなる多様性をもたらしているのは、館内に10部屋設置されている広々とした「喫煙室」。誰でもがゆっくりと休憩でき、どこにいても喫煙室の案内が目に入るようになっており、わざわざ煙草を吸うために場所を探したりすることがない作り となっている。
昨今の風潮では、隅の狭い部屋などに追いやられてしまいがちだった喫煙者に多くの喫煙機会を提供する設備を設置した意図について、古館さんは、「喫煙者でも非喫煙者でも、全ての方が大切なお客様。喫煙室を多めに作ることで上手く共存できるように図っていきたい」とその考え方を説明する。
一方、5月に開業し、既に来場者が850万人を超えた「東京スカイツリータウン」。こちらでも多種多様な人々が同じ空間で共存できる設備が多数整っている。それは休憩スペースや喫煙室に関してもダイバーシティと同様で、前者に関しては「待つ・休む・食べる」といった従来から考えられてきた休憩スペースの役割に加え、「集う・眺める」という目的に関しても深く考えて作られているそうだ。
スカイツリー担当者によると、これらの目的はその場所ごとの特質に合わせて考えられているとのこと。例えば、電波塔を見られる位置にある休憩スペースでは「眺める」を意識してソファを窓側に設置したり、「食べる」という性格が強い場所では車椅子に乗る人も家族や友人たちと向かい合って食事できるように作ったり――と、ここでも多様性の共存が実現している。
興味深いのは、施設内の6部屋の喫煙室が、全て壁の模様や照明が異なる作りとなっていること。このように作られた背景に関して、施設の設計やデザインに携わった東武鉄道の久保田さんはこのように話す。
「『温故創新』という言葉を施設づくりのコンセプトのひとつに掲げている私たちは、喫煙室を作る上で、江戸時代の庶民の人たちの考えや言葉を参考にしました。その上でひと手間・ひと工夫を加えています。愛煙家の方々ももちろん大事なお客様。喫煙中でも楽しんでもらいたいという思いからです」
例えば、外からは内観は分からないが、喫煙室の中に入ると非常に凝った照明や壁の模様が広がっているという作り。これには「裏勝り」という、一見地味な着物の裏地の部分に凝った模様を入れるなどして楽しんでいた、粋な江戸庶民たちのお洒落心が生きているそうだ。
壁の照明や模様は、「判じ絵」。判じ絵とは、江戸庶民の間で流行っていた“なぞなぞ”のような知的娯楽で、一見無意味に描かれたような絵に隠されている意味や言葉を考える遊びのこと(例:歯の下に描かれた逆さの猫→箱根)。久保田さんは次のように解説する。
「よく見ていただければ、全てがタバコの銘柄を表しているのが分かります。例えば3階の喫煙室(写真)は、星を中心に矢のような形の木が広がっている模様になっているのですが、これは木・矢・スター(星)で『キャスター』を表しています」
同氏はさらに、「喫煙している間は目のやり場や会話に困ってしまうこともあると思うので、このような目を引くデザインを取り入れました」とコメント。喫煙者と非喫煙者の共存とともに、限られたスペースのなかで過ごす喫煙者にも配慮していることがうかがえる。
あらゆる人々が今後も持続的に来場することを目指すこれらの大型商業施設。「あれが無いからあそこは行けない」といった不便を出来るだけなくし、多様な人々が共存し、かつそれぞれが楽しめるように作られている点は、少子高齢化が進む日本社会が目指すべき方向を指し示しているのかもしれない。