「原発事故について、正しい情報を身につけて欲しい」。毎日新聞元科学環境部部長の斗ヶ沢秀俊さんのツイートが話題である。科学的に不確かな記事であれば自分の会社の記事にでも辛辣に斬り込み、データを地道に伝え続ける科学記者としての姿勢に共感を持つ人も多い。斗ヶ沢さんに、「リスクとの付き合い方」を聞いた。(聞き手=ノンフィクション・ライター神田憲行)
* * *
斗ヶ沢 原発反対派のなかには、原発反対と言いたいがために、福島の影響が重大だと言わなければならないと思い込んでいる人がいる。しかし「脱原発」と「放射線影響の評価」は分けて論じられなければいけません。
――しかしメディアは「危ない」というニュースは大きく取り上げ、「安全だ」というニュースの扱いは小さいですよ。
斗ヶ沢 記者の中の少なくない部分で、「危険性を強調することが進歩的である、市民的である」という誤解があります。それは決して悪いことばかりではないけれど、政府・行政を批判すれば仕事したと思えてしまう。善意で真面目な記者ほど陥りやすい落とし穴だと思う。福島県民の外部被曝は多い人でも年間3~5mSvで、ほとんどの人は年間1mSV程度、内部被曝はもっと少なく、1mSVを越える人は数えるほどしかいないということが、いろいろな調査とデータを元にしてわかってきました。しかし、被曝量が少ないことを示すデータは「危ない」という話に比べて拡散する量が少ない。私もツイッターでことあるごとに報告はしているのですが……。
――「安全だ」と言われて信じたあとに危険だったときよりも、「危険だ」と言われて安全だったときの方がマシのように思うのですが。
斗ヶ沢 リスクは総合的に考えなければなりません。被曝のリスクを減らそうとして、他のリスクが高まることもあります。原発20キロ圏内にある老人福祉施設から避難したお年寄りは約600人いましたが、そのうちの20%以上の方が1年以内に亡くなっています。避難は高齢者にとって大きな健康上のリスクですし、若い人にとっては職や家を失うなど生活上のリスクが生じることがあります。また、リスクの相場観を持つべきだと思うのです。BSE問題でいまだに国内で牛の全頭検査が行われていますが、異常プリオンを含む肉を食べて変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に罹患する可能性は、日本人の中で年間1人以下の確率です。実質0%ですよ。そんな確率のために、全頭検査に毎年数億円かけている。そんな無駄なことをさせない、リスクと冷静に向き合えるような社会を築くことが私の取り組みたいことなんです。
――これからもツイッターを活用される予定ですか。
斗ヶ沢 放射線関連のデータや論文をひとりで集めるのは大変な作業なんです。でもツイッターで専門家を20人ほどフォローしておけば重要な情報が容易に入手できる。新しい出会いもありました。記者として強力な情報ツールだと思いますね。
〈斗ヶ沢秀俊さんプロフィール〉とがさわ・ひでとし。1957年北海道生まれ、東北大理学部物理学科卒後、毎日新聞社に入社し、福島支局長、科学環境部部長などを経た後に、現在は同社「水と緑の地球環境本部」本部長兼編集委員。ツイッターアカウントは@hidetoga