欧州債務危機の発端となり巨額債務を抱えるギリシャと日本が比較されることがあるが、作家の落合信彦氏は、EUの劣等生・ギリシャから学べるものはないと語る。一方、小国ではあるが、チェコからは多くを学べるという。以下落合氏の解説である。
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日本メディアの表層的な報道では、ギリシャなどEUの「劣等生国家」でのデモの様子くらいしか紹介されない。政府が国民を甘やかし続け、国家財政の“粉飾決算”にまで手を染めたギリシャの惨状は、確かに反面教師としては相応しい。だが、日本がポジティヴに学べるものは、何一つない。
一方で、EUには堅実な「優等生国家」も存在している。ほとんどスポットライトが当たらないが、私は彼らから多くを学ぶべきだと考えている。
例えば、私が今回訪れたうちの一国・チェコは、堅実な優等生国家と呼ぶに相応しい国であった。チェコがEUのメンバーとなったのは2004年。最大の産業は自動車の生産とその部品の生産。輸出用であるが、2010年には100万台を作り、その88%が輸出された。その他にも機械やガラス、農業製品などがヨーロッパへの輸出用に作られている。90年代半ばからOECDのメンバーであり、今では先進国と認められている。
日本は現在、対GDP比で220%という世界一の政府債務を抱えてしまっている。ギリシャやイタリアといったEU劣等生国家群も100%を大きく超える水準にあるが、日本はそれすら上回る危機的な状況に置かれている。
一方のチェコはというと、対GDP比の政府債務はたったの40%程度に過ぎない。人口1000万人という規模の小さい国だからあまり注目されないが、日本はこの国から多くを学べる。
現地でチェコの技術者たちと話をしてみてわかるのは、彼らが家族と祖国に強い誇りを持っているということだ。「ドイツの企業からヘッドハントされたが、祖国を愛しているのでチェコに留まることにした。それに、家族とも一緒にいたい」という言葉を私は何度も聞いたが、彼らの故郷と家族を大切に思う気持ちが端的に表われていたと言えるだろう。
今回の取材では、名もなき一般の技術者・労働者たちの声に積極的に耳を傾けたが、彼らの行ないの積み重ねが国家経済を形づくっていることは言うまでもない。
一人ひとりが祖国の歴史を尊重しているからこそ、伝統産業が廃れない。細かい手作業によって模様が刻まれていく「ボヘミアン・グラス」はチェコの伝統産業として世界的に知られている。職人たちの高い技術によって生み出された作品は、複雑な光彩を放ち、それが他国には生み出せない付加価値となっているのだ。新興国との安売り競争にばかり力を注ぐのではない。
大国であるドイツでさえ、チェコの技術力には一目を置いている。高い水準の教育に裏付けられた、技術力があるため、海外のメーカーがチェコに工場を作っても、マネージャーなどを送り込まず、チェコ人のみで組織が構成されることもあるという。自動車や電機製品の組み立てで、技術が蓄積されている。規模としては小国だが、決して大国に依存をしない強い“基礎体力”があるのだ。
街並みも美しい。街の中心部をモルダウ川が流れ、現在は大統領官邸となっている旧王宮が、ハプスブルク家の時代から連なるこの国の歴史を感じさせる。その大統領官邸が夜になるとライトアップされ、より一層美しさが際立つのだ。
ちなみに私は帰国後、夜の東京・丸の内を通ったが、“節電大国”となってしまった日本を象徴するかのように真っ暗で、気分まで暗くなってしまった。この対比は非常に印象深い。
チェコの電力供給を支えているのは原発である。総発電量の30%以上を原発に頼っているチェコでは、昨年の東日本大震災後も、原発による発電の比率を下げないことを表明している(将来40%に上げる計画もある)。
もちろん、チェコには地震や津波の心配がないという好条件があるわけだが、それ以上に、原発をなくせば彼らはロシアやノルウェーから現在以上の量の天然ガスを買うしかない。安定的なエネルギー供給は工業の発展につながる。このあたりの考え方も、日本が学べる点ではないだろうか。
※SAPIO2012年8月1・8日号