国民の信を失った総理大臣は、一か八か、国論を二分するような行動に出たい誘惑に駆られるらしい。そうすれば、少なくとも国民の半数の支持を得られ、支持率が50%まで回復するのではないかという幻想に取り憑かれるのである。
野田首相の場合、「8月15日靖国神社参拝」計画がそうだ。首相の参拝計画が漏れ始めたのは7月中旬のことだ。「官邸発」の極秘情報として自民党保守派議員の間に「8月15日に驚くことが起きる」と参拝を示唆する情報が伝えられた。
首相の靖国参拝は、小泉純一郎氏以来途絶えている。それがなぜ、突然、取り沙汰されるのか。自民党保守派の城内実・代議士がいう。
「参拝情報は私も注目している。最近の野田総理は集団的自衛権行使の容認や尖閣諸島の国有化など、民主党の左派と明らかに一線を画している。仮に、参拝が本気なら、自民と民主の保守勢力が結びつく『平成の保守合同』に向かう可能性がある」
民主党の保守系議員もそれに呼応する言い方をした。
「参拝する可能性はある。総理はここに来て保守回帰を鮮明にした。それは自民党保守派と手を組むためのサインです」
実は、野田首相は野党時代に興味深い質問趣意書を提出している。7年前、時の小泉首相が秋の例大祭に靖国神社を参拝した当日(2005年10月17日)の質問趣意書の中で、野田氏は小泉氏が靖国参拝しながらもA級戦犯を「戦争犯罪人であると認識している」と発言していることをこう批判した。
〈「A級戦犯」と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではないのであって、戦争犯罪人が合祀されていることを理由に内閣総理大臣の靖国神社参拝に反対する論理はすでに破綻していると解釈できる〉
〈極東国際軍事裁判で「A級戦犯」として裁かれた人々の法的地位を誤認し、また社会的誤解を放置しているとすれば、それは「A級戦犯」とされた人々の人権侵害であると同時に、内閣総理大臣の靖国神社参拝に対する合理的な判断を妨げるものとなる〉
靖国神社に合祀されているA級戦犯は「戦争犯罪人」ではないと認めて堂々と参拝すればいいという論理である。
そうした経緯があるだけに、霞が関も野田首相の参拝情報にピリピリしている。
飛び上がったのは外務省だ。「9月29日の日中国交正常化40周年を前に全国で官民の記念交流事業が目白押し。こんなタイミングで総理が靖国参拝すればイベントは全部中止で日中関係は決定的に悪化し、たいへんな損害が出る。外交的にありえない判断だ」(幹部)と官邸の外交担当スタッフを通じて首相の意向を探っているが、野田首相は東京都の尖閣購入計画を批判した親中派の丹羽宇一郎・駐中国大使を事実上更迭する方針を固め、あえて「中国とコトを構える」姿勢を示している。
首相が参拝する場合、神社側と事前の調整が必要となる。内閣官房の古参スタッフは、「小泉総理の参拝の際は、政務の飯島勲・首席秘書官が事務の秘書官を通さずに神社側との交渉を一手に行なった。野田総理が8月15日の参拝を検討しているとすれば、そろそろ総理の側近と神社側との下打ち合わせがあってもおかしくない時期だ」とアンテナを張っている。
※週刊ポスト2012年8月10日号