図体はやたらとデカイが、その姿は歪で不安定――それが中国経済だ。勢いよく走っているうちはいいが、いったんよろけ始めると、世界経済の足を引っ張り、奈落の底へ道連れにしかねない。同志社大学大学院教授の浜矩子氏がユーロ危機より怖い中国経済崩壊の可能性を分析する。
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私は以前から中国経済のことを「一輪車経済」と呼んできた。ひたすら成長することで繁栄と安定を確保し、やっとのことでバランスを取っている、という意味である。まさに曲芸的で、車輪の回転が速ければいいが、遅くなれば不安定になり、倒れてしまう。
これまで中国は投資と輸出という2つのエンジンをフル回転させて「一輪車」を高速運転してきた。ところが、ここへきてその2つのエンジンの回転が鈍くなりつつある。
2008年の北京五輪、2010年の上海万博の開催でインフラ整備へ巨額投資を行なってきたが、その種の“ネタ”は尽きている。また、2008年9月にリーマン・ショックが起こると、2年間で4兆元(当時のレートで約57兆円)もの財政出動を行なったが、過剰流動性によってインフレが起きてしまい、今、巨額の財政出動はやりにくい。
輸出も欧州危機の影響が顕著だ。2007年以降、EUは中国にとって最大の輸出市場であり、中国の輸出全体に占めるEU向けのシェアは20%に及ぶ。それだけに欧州危機の影響は大きく、今年1~5月の累計で、中国からのEU向け輸出は前年同期比で0.8%減。その影響で輸出額全体は前年同期比で8.7%増にとどまった。2011年通年で20.3%増だったことを考えると減速は明白だ。
輸出の減速を大きくしている要因は、中国が「世界の工場」になっていることだ。
今や中国は粗鋼の生産量も自動車の生産量も世界一で、「世界の工場」と呼ぶに相応しいが、その中身はかつての「世界の工場」とは根本的に異なる。実はそこに中国経済が抱える独特のリスクがある。
まずは18世紀後半に産業革命を起こしたイギリスが、次いで20世紀に入ってからアメリカが、そして第2次世界大戦後は日本が「世界の工場」となった。これらの国々の工場は、あくまでも自国の資金を投じることで建設され、自国の人々によって運営されていた。
ところが中国の場合、確かに工場は中国国内に存在するが、それらは外資系企業が運営するものが中心だ。
つまり、「中国が世界の工場になった」のではなく、「世界が中国を工場にした」のだ。
「一輪車経済」は、それを支える資本と経営が借り物という面が強い。借り物ゆえに世界経済の影響を受けやすい。例えば、EU経済が大幅に減速すると、単に中国企業によるEUへの輸出が減るだけでなく、「中国を工場にしている」外資系企業が中国からEUへ輸出する量も減少する。
輸出が減れば、当然、「世界の工場」は縮小せざるを得ない。それに加え、今、賃金上昇と労働争議という2つの難問が持ち上がっている。
中国では長年「1人っ子政策」を続けてきた結果、労働力人口(15~64歳)の増加率はどんどん落ち込み、2015年をピークに減少に転じると見られている(中国社会科学院の予測)。需要よりも供給が少ない状態になれば、当然、賃金の上昇をもたらす。
また、2年余り前から激しい労働争議が頻発している。
2010年5月、広東省にある台湾系電子機器メーカーの工場で過酷な労働環境に耐えかねた労働者の自殺が相次ぎ、それがニュースになった。すると、直後に同じ広東省にあるホンダの部品工場でストライキが発生したのを皮切りに、翌6月にかけてドミノ的に、現代自動車系やトヨタ自動車系の企業、さらにはカールスバーグが出資したビールメーカーでもストが起こった。
こうした労働争議は今も続いている。もともと中国には労働組合は政府公認の「中華全国総工会」しかなく、スト権は認められていないが、政府は違法ストを事実上黙認してきた。ガス抜きをして不満が政府に向かうことを避けるためだ。
こうした事態を嫌い、外資系企業の工場が海外に逃げようとしている。ファーストリテイリングは、今年中に全生産に占める中国での生産割合を現状の約85%から70%に引き下げることを計画している。
アパレルと並んで日本企業の中国進出の象徴だった電子部品の分野でも、プリント基板の大手メイコーは、2~3年後には中国に代えてベトナムを最大の海外生産拠点にしようとしている。これは日本企業に限った話ではない。
※SAPIO2012年8月1・8日号