球児たちの汗と涙だけでは、勝利の女神は微笑まない。球場をいかに味方につけるか、アルプススタンドの声援をいかに呼びこむか。青春甲子園の舞台裏を覗いてみると、“黒い策士”たちの知略が張り巡らされていた。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。<文中敬称略>
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アルプスにいるブラスバンドがチームを勝利に導くことがある。現在、週刊ヤングマガジンで『砂の栄冠』を連載する漫画家の三田紀房は、実際に足繁く甲子園に通い取材を行なう中で“観客をいかに味方に付けるか”を作品の裏テーマとした。三田はこう語る。
「観衆の心をつかむチームは、まずアルプス席が満員になるんです。その代表例が2年連続甲子園を制覇した駒大苫小牧(南北海道)でした。アルプスの熱気が球場全体に、そして味方ベンチに伝わっていく。単に実力だけでは勝敗が分かれないのが、甲子園でしょう」
『砂の栄冠』では主人公のエースが吹奏楽部の友人にオリジナル応援歌の作曲を依頼する場面があるが、実際に、駒大苫小牧が甲子園で演奏する「チャンス」も、当時の監督・香田誉士史が吹奏楽部顧問に依頼し、出来上がったものだった。
昨夏の甲子園において、最もアルプスを沸かせたのが習志野(千葉)のブラスバンドだった。全国トップレベルの同校吹奏楽部には、30年以上前からオリジナルの応援歌「レッツゴー! 習志野」があり、チャンスの度に美しい爆音を奏でて味方の背を押し、相手校を威圧した。今夏は予選で敗退。甲子園で彼らの演奏を聞けないことを残念がるファンも多い。吹奏楽部顧問の石津谷治法は、『週刊朝日増刊 甲子園2011』における筆者のインタビューで次のように語った。
「勝てば選手のおかげ、負ければブラバンのせい。ブラバンも勝負の命運を握っていると思う。うちらは相手校にプレッシャーをかけていきます。(重低音を奏でる)スーザフォンを11台用意し、相手ベンチからの指示を聞こえなくしたり、マウンド上での会話をしにくくしたりするんです。気の弱いピッチャーなら、この爆音にやられて崩れますよ」
ちなみに、この発言を高校野球連盟は問題視した。学校関係者や野球部監督の小林徹を呼び出し厳重注意し、石津谷が甲子園に姿を見せることはなかった。まさか石津谷も本気で相手の野球を邪魔しようという意図はなく、「ブラスバンドもナインと一緒に甲子園を戦っている」とリップサービスしたに過ぎない。だが、閉鎖的で了見の狭い高野連には受け入れられなかった。
※週刊ポスト2012年8月10日号