【書評】『東電国有化の罠』(町田徹/ちくま新書/798円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
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東日本大震災によって、東京電力の福島第一原発は、文字通り壊滅した。一方で、「震源地(牡鹿半島の東南東沖130km)から、距離的に最も近い場所に立地する」東北電力の女川原発は、まったくと言っていいほどの無傷だった。同じ13mの津波に襲われたにもかかわらず巨大な堤防が、原子炉を守ってくれたのだ。
明暗を分けた背景には、東電と行政当局との不透明な関係があったようだ。原発の安全対策について、「東電の先送り姿勢を保安院が黙認した」ことで、福島原発は、さまざまな震災対策が放置されたのである(東北電力は、むしろ積極的に取り組んだ)。
このような東電と行政庁の関係は“癒着”と言っていいだろう。同様の関係は、「保安院」だけでなく、金融庁や銀行などにも及ぶという。そんな東電と行政庁、そしてメガバンクが造りだすトライアングルに斬り込んだのが本書である。
原発事故の影響で株価が暴落するなど、経営の危機に直面していた東電に対し、「金融庁が(主力銀行に)『貸してやれ』って言ってしまった」ことで、東電は約二兆円の緊急融資を受けられ、息を吹き返した。そしてこの瞬間から、東電の国有化は既定路線になったと著者は指摘する。
本書を読むまで、私は、この融資の一部は、「被災者に対する巨額の賠償、汚染された土地・建物」の復旧費用に使われるものと思っていた。ところが二兆円の資金使途には、「被災者への賠償は含まれていない」。賠償や除染の費用などは、「当の東電に自腹を切らせることなく、おカネの問題を丸ごと国家の公的資金(税金)で肩代わりする政策」に取って代わられる。その費用は「すべて合計すると、二〇〇兆円を上回る」可能性が高いという。
東電を取り巻く国有化の“闇”に光を当て、“罠”として仕掛けられた国民負担に絡む、信じがたい利害関係を抉り出した著者の力量には、ただ、ただ、舌を巻くばかりである。
※週刊ポスト2012年8月10日号