高校野球・夏の甲子園大会がまもなく開始するが、青春甲子園の舞台裏を覗いてみると、“策士”たちの知略が張り巡らされていた。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。<文中敬称略>
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3度の全国制覇経験を持つ帝京(東東京)の監督、前田三夫は勝利至上主義を貫く人物だ。かつて選手にタッチアップをしないよう指示し、コールド勝ちを避けたことがあった。登板機会のなかった投手に調整登板をさせるために用いたこの作戦は、大きな波紋を呼んだ。
「危険なスライディングも、わからないようにやればそれが野球の“巧さ”とされた時代があったんです。ヤジも飛ばしていました。だけど3度目の全国制覇を果たした1995年にバッシングに遭い、それまでのような野球じゃダメだと思うようになりました。ちょうどその頃からでしょう。学生の自主性が叫ばれ、ゆとり教育なんて言葉が生まれたのは。時代の変遷と共に高校野球も、学生たちも大きく変わりました」
それでも前田が試合中、笑顔を見せることはない。そして采配においては非情に徹する。
「選手が試合中に笑顔を見せることも許しません。ホッと気を抜いた瞬間に逆転して負けてしまうことを幾度も経験してきました。勝負とはそういうもんです」
※週刊ポスト2012年8月10日号