デモが国会議事堂前を占拠する光景は、52年前と同じだった。7月29日、20万人ともいわれる人々が国会を取り囲み、原発再稼働反対のキャンドルを灯した。1960年、国会前には日米安保条約に反対する数十万人の学生デモ隊が押し寄せ、時の岸信介内閣は退陣に追い込まれた。
鉢巻き姿の活動家はいなくなったが、ベビーカーを押す母親や麦わら帽子の老人は、確かに声を上げている。この熱は、あの時と同じく政権打倒へ結びつくのか。
外交、霞が関、メディアを知り尽くす孫崎享(まごさき・うける、元外務省国際情報局長)、高橋洋一(元内閣参事官、嘉悦大学教授)、長谷川幸洋(ジャーナリスト)の3氏が、“革命前夜”にある「1960年と2012年の日本」をテーマに論じ合った。
――今回のデモと60年安保闘争をどう比較するか。
孫崎:60年安保は組織化されていた。学生は用意されたバスや電車でデモに行き、労働者は組合運動として参加し、新聞などのメディアも支援していた。ある意味では反体制という体制に乗せられていたんです。
一方、今のデモは、原発再稼働反対から始まって、何かおかしい、日本を動かしているものが何か違うぞ、と個人が判断している。だから1人1人が地下鉄でふらっと来て、デモに参加してふらっと帰っていく。かつてのように熱に浮かされたという感じではない。
参加者はどちらかというとクールで、誰かに動かされることを最も嫌う人たちが個人の判断で加わり、発言していく。デモという形式は同じでも、何者かに操作されているのではなく、動かしている力が個人個人の判断なので、この流れはどこかで打ち切りになることはないと思います。
高橋:アラブ諸国で起きたジャスミン革命と似ているところはある。ネットでつながるので、誰でもアクセスできて情報発信もできる。国民にすれば、選挙で選ばれた議員が政治を行なうという間接民主主義が民意を吸い上げなくなって、期待できない。
加えて国民はマスコミから間接的な情報を与えられているが、その情報も信用できない。国民の代理人である政治家も官僚もメディアも、みんな嘘つきだってバレちゃった。だからやむをえず直接的な行動に出るしかなくなったのではないか。
ただ、目的達成のためには、最終的には選挙しなければいかんともし難いわけです。果たして彼らは選挙に行くのか。そこが僕にはまだわからない。
長谷川:僕はデモを毎週取材していますが、目立つのは若者より60歳以上の高齢者です。60年安保や70年安保を知っている世代ですね。年配男性の中には、昔こんなことがあったよな、ということを知っている人たちもいる。
それから女性が多い。お母さんたちは子供の安全をどうしてくれるのかって、本当に怒っている。おそらく安保のときはデモに参加しなかった年配女性もいるが、「ここで私が原発に何かいわなければ若いお母さんたちに申し訳ない」という思いを持っている。
高橋:長谷川さんは学生運動やっていたから血が騒いでいるんじゃない?
長谷川:もっと原理的に考えてますよ(笑い)。政治とは議員バッジをつけた人がやることだとみんな思っていた。新聞の政治面も政党と国会議員の話が主でしょう。だけど本来、政治は「普通の人々」がするものですよ。
今回のデモを契機に、「オレたちの声を聞け、主役は国民であり、政党や議員は代理人にすぎない」と、国民が政党や議員から政治を取り戻す認識のパラダイム変化が起きるかもしれない。
鳩山由紀夫元首相がデモに来たとき、「どうせ人気取りだ」「CO2削減をいって原発を増やそうとした張本人じゃないか」というステレオタイプの批判が出たけれども、私からみると、国民が街頭に元総理を呼び出して、「官邸に行って国民の声を野田総理に伝えろ」と代理人として使いに出すという現象が起きたともいえる。それが非常に面白いところで、これからの政治の形を示しているんじゃないかと思う。
※週刊ポスト2012年8月17・24日号