【書評】
『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』
霞っ子クラブ元リーダー・高橋ユキ/徳間書店/1260円
【本の内容】
殺人などの刑事事件の裁判傍聴をし続ける著者が、木嶋佳苗被告の法廷を徹底再現。被告人のパーソナリティーや被告人と被害者の関係などから、この事件とその背景にある危険な恋愛観に迫っていく。
【評者】北尾トロ(フリーライター・『季刊レポ』編集長)
この春、さいたま地裁を舞台に繰り広げられた、通称『首都圏連続不審死事件』。美人ではない容姿と結婚詐欺のギャップ、ネットを最大限に利用する今日性、ステレオタイプなセレブ志向、殺人容疑の否認など、被告人の木嶋佳苗をめぐる報道は過熱し、佳苗ギャルと呼ばれるファンまで生み出した。すでに何冊も書籍化されているが、本書は初公判から判決までを克明に追い、法廷での証言に徹底的にこだわっている。
読みどころは並外れたメモ力を駆使した被告人VS検事、裁判官、裁判員、弁護人のやり取りだ。これが本当にすごくて、スリルと謎に満ちた一級の読物になっている。とにかく佳苗、よく喋る上に論理の破綻が少ない難敵。金をだまし取ったことは認めても、殺意や殺人行為は絶対に認めない。
反省もなく、セックスの代償として金をもらうのは当然と主張。状況的には真っ黒なのだが、決定的な証拠がないのを知っていて、検察官の追及をぎりぎりのところでかわしていく。ぼくも言葉巧みな被告人を数多く見てきたが、ここまで冷静な被告人は珍しい。
その一方で、“佳苗語録”も炸裂。「本来持っている(性的な)機能が高い」はすっかり有名になったが、別れた相手からもらったカルティエのブレスレットについて「返すという選択肢はありませんでした」とあっさりいう。
嘘をついた理由を聞かれれば「フィクションです」と即座に逃げる。「女性がおつき合いしている男性から経済的支援を受け取ることは当然だと考えていました。名目が嘘であっても、男女間であれば許容範囲」と、息をするように超利己的発言を繰り返すのは成功体験に裏打ちされた自信か。
午前と午後で装いを変える様子も細かく記され、ゆがんだ自意識が浮き彫りになっていく。
クライマックスの被告人質問最終回と判決まで、息もつかせぬ展開に引き込まれ、ヘキエキしながらイッキ読みしてしまった。
著者はおそらく日本一の殺人事件傍聴マニア。私情を挟み込まず、裁判そのものの緊張感とディテールを伝える手法が一貫している。法廷で語られない部分を取材し、木嶋佳苗というモンスターがなぜ生まれたか分析する類書が多い中、著者の価値観に基づく記述を最小限にとどめ、ひたすら法廷に目を向けた本書が、読んでいていちばん怖い。
※女性セブン2012年8月16日号