振り返ってみれば日本の女子の強さが際立った五輪だった、ということになるかもしれない。4年に1度の重圧に押しつぶされてしまう選手が少なくないなか、なぜ彼女たちは結果を残せたのか。作家で五感生活研究所の山下柚実氏が分析する。
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いよいよ閉幕を迎えるロンドン五輪。今回は特に女子の競技で、「初」が目立ちました。サッカーも卓球もバドミントンもアーチェリーも、「初」のメダル獲得。女子バレーはなんと五輪で「初」めて、中国に勝利。女子のレスリングでは「初」の五輪ダブル3連覇……。
どうしてこんなに「初」めての活躍ができたのか。
もう一つ、目立ったのが「他者とのつながり」。
レスリング金メダルの伊調馨は、引退した姉・千春の応援の声が「『天の声』みたいに聞こえてきて」戦いぬくことができた、とコメント。陸上の1万メートルでは、三人娘が円陣を組み、その団結力でレースを展開。自己ベストタイム・順位をマーク。レース後、三人が手をつないで健闘をたたえ合う姿が印象的でした。
あるいは、サッカー決勝戦を前に澤穂希は「佐々木監督に金メダルをかけてあげたい」とコメント。ここにも、自分のためだけでなく他者のために戦う姿が、はっきりと見てとれます。「私一人の勝利ではない」「チームみんなの力でとった」という言葉もあちこちで聞かれました。
今回の女子の活躍の背後に、もしかしたら、突出した「共感力」があったとは言えないでしょうか?
自分以外の他者に思いを馳せ、その思いに共感し、それを自分の力に転換していく能力。日本の女子選手は、そうした能力がバツグンに高かった、とは言えないでしょうか?
それはまた、他人の感情を自分に写し取り、他人と自分を重ねあわせる「憑依力(ひょういりょく)」と言えるのかもしれません。「東北魂」「大震災の被災地を元気にしたい」ということを口にする選手も。他者の苦労や苦難、痛みを自分のことのようにリアルに感じとり、一緒に苦しみ、その苦しみを力に変えて、前に進んでいく。そうしたすぐれた「共感力」「憑依力」が、五輪の戦いを後押ししたのだとすれば……。
女子に際立った「共感力」ですが、もちろん男子の中にもそうしたチームワークの可能性を感じるシーンがありました。
たとえば水泳。基本的には個々人で戦う競技ですが、今回は「27人が一つのチーム。27人のリレーはまだ終わらない」(入江陵介)というコメントが注目を集めました。戦後最多となるメダルの獲得も「チームで勝ち取った」(平井伯昌ヘッドコーチ)。北島康介を中心に、選手がみごとな共感の輪を作り、それがたしかな勝負の力へと転化していった様子が見てとれました。
他者の熱い思いや願い、痛みや苦しみを、自分のことのように感じ、前向きな力に転換して結果を出す。それがまた、誰かへの励ましになっていく。 今回のオリンピックで、お茶の間で応援している私たちがもっとも学ぶべきことは、そうした「共感力」の可能性です。
スポーツに限らず、現実社会の中でも、そうした力が重い扉をこじあけることがある。そんな可能性を信じること、ではないでしょうか。