ウェブ上で圧倒的な存在感を見せる“ネット右翼”。ついにはリアルな保守運動をも生み出しつつある。彼らを長期に亘って取材してきたジャーナリストの安田浩一氏が、その実態に迫る。
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ネット右翼が“資源”となり、新しい保守運動の流れも生まれている。キーボードを連打するだけでは飽き足らず、リアルな連帯と団結で戦う「行動する保守」の一群である。彼らはネットを地盤としながら、ときに街頭に躍り出て、排外主義的な言動を直接、「敵」にぶつける。
その代表とも言える存在が「在日特権を許さない市民の会」(在特会・会員数約1万2000人)であろう。
在特会は、在日コリアンをはじめとする外国人が「日本で不当な権利を得ている」と訴えるネット出自の市民団体だ。朝鮮学校の授業料無償化や、外国籍住民への生活保護支給に反対するデモを各地で繰り広げている。
ときには過激な行動も辞さない。京都朝鮮第一初級学校が近隣の公園を体育の授業などで使用していることを「不法占拠」だとし、同校に集団で押しかけた事件では、逮捕者まで出して世間の注目を集めた。
「(朝鮮人は)日本に住まわせてやってるだけだ」「キムチくさい」「ウンコでも食っとけ」などとメンバーらが学校関係者を罵倒する場面はネットの動画サイトでも広まり、在日コリアン社会に恐怖を抱かせた。
こうした在特会の主張を「差別的」だと批判する私に対し、同会メンバーは怒気を含んだ声で激しく詰め寄った。
「それのどこが悪いのか。この国では外国人ばかりが優遇されている。日本は日本人だけのものであるべきだ」
また幹部のひとりは「我々の運動は階級闘争だ」と私の取材で言い切った。
「左翼だろうと労働組合だろうと、あんなに恵まれた人たちはいませんよ。そんな恵まれた人々によって在日などの外国人が庇護されている。差別されてるのは我々のほうですよ」
これこそがネット右翼と呼ばれる人々に共通する「被害者感情」ではなかろうか。在日に対して「ゴキブリ」「死ね」と叫ぶのは、彼らの理屈を拝借すれば強者へのレジスタンスなのである。
一方、昨今は在特会だけではなく、「保守」を自任する者たちによるデモや街頭宣伝活動も活発化している。韓流ドラマの放映が多すぎるとして数千人規模の人が集まった「フジテレビ抗議デモ」も、その流れのひとつだろう。参加者の多くは番組編成の偏りを批判し、在特会のようにあからさまな「差別」をぶつけたわけではない。
しかし、ひとりひとりに話を聞いてみれば、日本が「貶められている」「韓国の脅威を感じる」「メディアが在日に支配されている」と訴える者が少なくなかった。そうした危機感はレイシズム(人種差別)と容易に結びつく。
なにかを「奪われた」と感じる人々の憤りは、この時代状況にあって収まりそうにない。おそらくナショナルな「気分」はまだ広がっていく。しかしそれは必ずしも保守や右翼と呼ばれるものではない。日常生活のなかで生じた不安や不満が行き場所を求め、たどり着いた地平が、たまたま愛国という名の戦場であっただけではないのか。
※SAPIO2012年8月22・29日号