この季節に敢えて食べる人も多い、「カレー」。汗が噴き出す感じがたまらない。しかしインド発の料理がなぜ、「国民食」とまでなったのか。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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日本人はカレーが大好きだ。カレーライスのバリエーションだけでもカツカレーやハンバーグカレー、ドライカレーのほか、牛丼との「あいがけ」など無数のメニューが思いつく。他の料理との交流も盛んで、そば・うどんなどのカレー南蛮、カレーパン、コロッケ、鍋、ラーメン、ピザ……。ご当地グルメでも北海道スープカレー、富山ブラックカレー、岐阜県・奥美濃カレー、北九州の焼きカレー、宮崎のチキン南蛮カレーなど、ありとあらゆる「カレー」が存在する。
2006年のカレー生産量をベースにエスビー食品が算出したところによると、日本人は年間平均で「カレー」約84食分を平らげるという。老人から乳幼児まで含め、月平均で7食分のカレーを食べているというのだ(外食分も含める)。例えばもうひとつの手軽な「国民食」、インスタントラーメンの年間消費量は1人44食分(世界ラーメン協会調べ)。
あらためて言うまでもないが、敢えて言う! カレーは日本の国民食である!
さて、インド生まれ、イギリス経由で明治時代に日本に入ってきたと言われるカレーは、なぜこれほどまでに日本人に受け入れられたのだろうか。
人間の舌が感じる基本味は、甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の5つと言われていて、その「旨味」に関連する物質を発見してきたのが日本人である。1908年に東京帝國大学の池田菊苗がだし昆布からグルタミン酸を発見。その後、かつお節のイノシン酸、しいたけのグアニル酸など、次々に旨味成分を発見してきた。長く「出汁」文化が定着していた日本人は「基本味」の構成に敏感だったとも考えられる。
しかし、カレーの主構成要素である「辛味」は5つある基本味には含まれていない。味覚には舌の味蕾細胞だけでなく、口内の「感覚細胞」も影響する。辛味は温度や痛みを認識する「温痛覚」で捉えられる。例えば唐辛子なら、辛味成分のカプサイシンにより「熱い」「痛い」と感じる。激辛カレーに対して「痛い」という表現をする人がいるが、あれは正しい反応なのだ。さらに「香り」も味わいの構成要件として欠かせない。
カレーのスパイスに含まれる「温痛覚」に訴えかける「辛味」と、その渾然一体となった「香り」は明治時代の日本人にとって新鮮なものだったろう。しかもターメリック、唐辛子、生姜といったカレー粉の基本スパイスは体を温め、食欲を増進させる。身体にダイレクトに訴えかけてくる。
「味覚」や「身体への効果」において、「カレー味」は日本人に長く親しまれてきた「旨味」と競合しなかった。そしてどん欲な日本人は「旨味文化」との相乗効果も生み出した。カレーの具に「旨味」がふんだんに抽出できる肉や野菜を使い、味わいに深みを加えた。そればかりか、他のありとあらゆる料理との組み合わせを試し、合うことがわかると新しいメニューとして定着させていった。その様子は、ある意味海外のレストランでステーキを出されたとき、「醤油ないの?」と聞く、日本人の図々しさにも似ている気もする。
北海道・室蘭市では「カレーラーメン」がご当地グルメとして定着し、新潟県の一部地域では「唐揚げ」と言えば、カレー味が当たり前。日本人にとって、カレー味はかけがえのない味わいであり、カレーは食卓に欠かせない調味アイテムとなった。
もはやカレーは第二の醤油とも言える、貴重な調味料である。