7月某日、球界の重鎮が一堂に会した。「育成の鬼」と呼ばれた関根潤三氏、「野武士軍団」の豊田泰光氏、「350勝投手」米田哲也氏。球界の草創期から活躍し、すべてを知りつくした3人に、スピードガンがなかった時代の投手について尋ねると、お三方からはこんな返事が返ってきた。
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米田:ニュースカメラで撮影して、コマ送りにすると球速は計算できたのよ。それで測ると、僕の速い球で152~153キロといわれたな。そんなピッチャーは、各チームに2~3人はいた。
豊田:そうだね。そういうピッチャーが投げ合うと投手戦になって試合が予定通りに終わらないから、彼女とデートの約束をしていても間に合わなくなる。
米田:でも、逆に早い試合も極端だったですよね。土橋(正幸=東映)さんと投げ合う時なんか、土橋さんが「今日はヨネちゃん、早く終わらせような」とポンポン投げるから、1時間45分くらいで試合終了。バッターが「待って」といっても無視してすぐに投げてくるんですよ。
関根:皆、自分の私生活が優先でね。審判からも「今日は早く頼む」なんていわれてました。
豊田:そうそう、審判も昔はシャレがきいていた。キャッチャーがボールの判定に文句をいうと「半紙一枚分外れとったな~」とか。米田のカーブは背中に当たりそうなところから曲がってくるんだけど、そのボールが「ストライク!」。驚いて「ウソだろ!」と聞くと「うん、ウソ」といわれたりね。早く終わらせたかっただけかな。
――現在メジャーで活躍するダルビッシュを、往年の稲尾さん、米田さんと比べるとどうですか。
豊田:今のピッチャーはたくさん球種を投げるから、あの時代とは比べられない。
米田:昔はちょっとでも曲がると、真っ直ぐ投げろと直されましたからね。今みたいに自由に投げさせてもらえれば、もっと球種は増えていたと思う。今でいうツーシームを投げると直球のスピードが落ちるので、矯正されていたんだから。
今の子は全般に股関節が固いよね。ダルも股関節が固いから、日本で投げていた頃よりも両足が開かなくなっていて腰の位置が高い。コントロールミスが出ている。マウンドの高さや硬さの関係もあるんだろうけど。
豊田:そうなのか。そういうことをアンタはもっと声を大にしていいなさいよ。
※週刊ポスト2012年8月17・24日号