毎夏、日本中を熱狂させる甲子園。プロ野球のスカウトマンにとっては、夏の甲子園が選手選びのクライマックスになる。スカウトマンが語る高校球児について、作家の山藤章一郎氏が報告する。
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〈肩〉〈送球〉〈守備〉、〈打撃〉〈足〉〈走塁〉に、〈センス〉〈将来性〉。スカウトマンは、年間200試合近く、考課シートのマス目に5段階評価の数字を書き込み、その日のうちに編成部長に送る。
大阪湾に突き出た人工島・舞洲ベースボールスタジアム。春選抜の優勝校・大阪桐蔭vs近大附属。夏の甲子園・大阪大会準決勝の午前8時半、中日・中田スカウト部長、米村スカウトとともにネット裏に坐る。
「スピードガンを持たずに、選手がコンスタントにどれほどの力を持っているか確かめに、試合に日参しています。性格、技術を観察し、ピッチャーにはスピードを求めません」
だしぬけに、意表が、両スカウトの口からとびだした。〈みちのくのダル〉と呼ばれる今年の超目玉の160キロピッチャー・大谷翔平を、評価しないのか。以下、ふたりの共通認識、言葉。中田氏は中日で1軍7試合。引退後、30年のスカウト歴。 米村氏、PL学園卒。元・中日投手。引退後、打撃投手を経てスカウトに。
「花巻東(岩手)の大谷は190センチの体で、手足が長く、筋肉が柔らかい。その体があって、160キロ投げられる。凄い。しかしぼくら、雨で順延がつづいて、危惧しとったんです。集中力は? 持続力は? 各バッターに強弱をつける、ストライクゾーンの四隅を投げ分ける技術や精神は? 結果、決勝戦で5失点しました」
その試合をこの2日前、盛岡市〈県営野球場〉で見た。トンボが舞い、「お車のライトがついたままになっております」とアナウンスが流れる球場である。最速156キロ。15奪三振。だが相手方〈盛岡大附属〉の4番に外角高め148キロを長打された。左翼ポールぎわ外野芝生席に入ったか、ポールを巻いてファウルか。三塁塁審は、右腕をまわして、3点ホームランとなった。場内騒然。6分間の抗議はくつがえらない。大谷はその後、変化球を乱し、直球を狙い打ちされ、8回3分の2で降板。今大会のスーパーヒーローの夏は終わった。
とつぜん、喚声が沸いた。大阪桐蔭が3塁打を放った。スカウトマンたちが目を凝らす。
「ああこれ、2年生や。ええねえ」
「ピッチャーに、大谷のようなスピードは求めん、140キロ出せればええんです。それより、いかに狙ったとこにボールを持っていくかという技術の高さと、感謝の気持ちや正しい返事ができる人間性が大事です。技術のない者はキャンプで終わる。技術を持ち、自分の欠点に気づき、教えられずに自己矯正できる者が一軍に行けるんです」
新人の世界、大化けするのは、20人にひとり。そこそこレギュラーに残れるのは2~3人。あとは女に溺れて消滅する、という。そして皆、同じ壁に当たる。子どものころからエースで4番だった者がキャンプにごろごろ集まって来る。初めて、一軍選手の間近で投げる。力んで、バランスを崩す。そのまま自分の力を出しきれず、やがて、「オレはもうええわ」「もう無理」と口走って、十中八九、女に走る。
「そりゃ、多い多い、女に行くのが。それまで野球ばっかりの高校生が急に大人の世界に入って。その壁を乗り越えさせるのも、高校時代から見ている私らスカウトマンの大事な役目なんです」
※週刊ポスト2012年8月31日号