木々と雑草が鬱蒼と茂る原野に、立て看板がポツリと立てられていた。
〈注意 クマ出没〉
ここは“日本100名山”の一つにも選ばれている新潟県・妙高山を東側に望む上信越高原国立公園(妙高市)の一角。野生動物が生息する一帯にはクマ捕獲のための罠まで仕掛けられている。
地元関係者が言った。
「1980年代はスキーブームもあって、リゾート開発なんて話もあったんだけどねぇ。バブルも崩壊した近年は荒れ果てるままになっていた。だからこそ、創価学会の霊園が建設されるという計画は地元では朗報として受け止められたんです。さらに、その後ろ盾として、イチローさんがいると知って地元民は皆、驚いていましたよ」
なぜ妙高山に創価学会の霊園が建設されることになったのか。そしてそこに“世界のイチロー”の名が取り沙汰されているのか。ことの経緯を説明しよう。
妙高山で創価学会の霊園建設の話が浮上したのは20年ほど前になる。実際に、開発に携わった土建関連業者に話を聞いた。
「妙高山の別名は須弥山。仏教の宇宙観にある世界の中心をなす想像上の霊山を意味しています。日蓮上人が佐渡に流罪になった際、この山を眺めていたと伝えられていた。仏教に縁の深い土地で、早くから創価学会の霊園建設の話が出ていました」
創価学会の霊園の利用者は学会員に限られるため、地元住民の理解が得られないことも多い。
だが、ハードルが高い分、開発を無事進めることができれば創価学会側に高額で売却できる。妙高市では「5万基の墓ができるとなると、親族が年に2回墓参すれば30万人の来客が見込める」(観光業者)と地元の期待も大きかった。
一方の学会側も「新潟は富山、長野と同じく創価学会の霊園が存在しない。霊園建設は悲願である」(創価学会関係者)という。
様々な思惑が絡むなか、計画が動きだしたのは2007年の秋。地元土建業者が建設予定地として選んだ土地は約120万坪に及んだ。
「地元の学会関係者にも面談し地権者とも交渉していた。だが、この土地を地元業者だけで買い上げ、開発するのは無理がある。資金的に計画が行き詰まっていた」(土建業関係者)
そこに助け舟を出したのがイチローの資産管理会社IYI社だったという。
IYI社とはイチロー、弓子夫人、愛犬の一弓の頭文字を取ったイチローの資産管理会社だ。CEO(最高経営責任者)はイチロー、CFO(最高財務責任者)には弓子夫人が就いている。
IYI社はカリフォルニア州マリーナデルレイ市に本店を持つ。これまでロスやサンフランシスコの建物を購入し、不動産ビジネスを展開してきた。最近では弓子夫人の経営する美容サロンが評判となったが、これもIYI社の事業の一つだ。主にCMなどの副業で得た収入をマネジメントしているという。MLB関係者が語る。
「メジャーでは現役選手の投資が当たり前のように行なわれています。特に高給取りの選手にとっては節税対策という側面もある。イチローの同僚でヤンキースきってのスター、A・ロッドの不動産投資が有名です。引退後も年数億円のキャッシュが入ってくるビジネスを築いていると聞きました」
話を戻そう。2008年4月、地元土建業者らは霊園計画を進める事業会社として「グランドヒルズ妙高」(以下、グランド社)を設立した。土地を購入するためには5億円以上の資金が必要とされた。そこにIYI社が融資することになる。グランド社関係者が明かす。
「知人を介しIYI社の戦略投資顧問のG氏を紹介された。今から思えばイチローさんは新潟には縁もゆかりもない。あくまでG氏がこの投資話に興味を持ったということでしょう」
G氏は地元の人々にはイチローのパートナーと名乗り、グランド社関係者にIYI社の会社登記を見せたという。自らの名前が役員欄に記されていることを確認させたのだ。
「てっきりイチローさんの了解があっての投資だと思った」とグランド社関係者が語るように、イチローの名は計画を進める上で大きな後ろ盾になったという。
2008年5月、G氏は土地の購入代として5億2000万円をグランド社に融資する契約を結ぶ。その資金によってグランド社は霊園建設予定地を地権者から購入しようとした。だが順調に進んでいたかに見えた開発計画は、思わぬ所で瓦解していく。前出の土建関連業者が語った。
「グランド社側が融資された資金の一部を土地購入以外の経費に使用したことが明らかになった。この一件はIYI社側の不信を生み、グランド社への5億円融資を取りやめるといい出した」
だがIYI社はこれで開発計画から手を引くわけではなかった。むしろ逆である。
「事件を奇貨としてG氏が音頭を取り始めた。当初融資するだけのはずのIYI社はグランド社の全株を取得。G氏がグランド社の代表取締役に就任する。そして事業全体を掌握しようとしたんです」(同前)
2008年7月、G氏はグランド社が購入した土地をG氏本人の名義に変更。
「30億円くらいで創価学会に売れる」と周囲に囁いていたという。だが現実は思い通りにはいかなかった。
地元市議関係者は語る。
「地元業者がプロジェクトから外れたのが裏目に出て地元の反発を買いました。墓地計画には市の認可もいるが、市議会で賛同が得られていたわけではない。さらに、建設予定地は国立公園内の土地なので建設制限が厳しい。今となっては学会側に売却できる目処も立っていたかも怪しいですね」
創価学会広報室にも取材を申し込んだが、「当会にそのような計画があった事実はございません。地元の測量会社から土地の照会はありましたが、当初にお断り致しました」との回答だった。
5億2000万円を投じた計画は暗礁に乗り上げ、現在も土地は未開発のままだ。当初霊園開発を進めていた地元土建業者らは2010年5月、G氏を代表とするグランドヒルズ妙高を相手にした損害賠償請求の訴訟を東京地裁で起こした。 今年4月に結審した裁判では原告側の主張が認められ、G氏が代表を務めるグランド社に1億5000万円の支払い命令が下された。
※週刊ポスト2012年8月31日号