今夏の甲子園に母校が出場した大人力コラムニストの石原壮一郎氏は、地元三重まで帰り、卒業生たちの応援バスに乗り込んだ。母校は敗れたものの、「負けて帰るバスの中で大人の真髄を見た」と語る。
* * *
甲子園球場では、今日も高校球児たちの熱戦が続いています。私事で恐縮ですが、今年の夏は母校の松阪高校が三重県代表として初出場。そういうタイプじゃなかったはずの母校が成し遂げたまさかの快挙に、地元も地元を離れているOB・OGも大騒ぎでした。
出番は大会7日目、8月15日の第二試合、相手は岡山県代表の名門・倉敷商。順延になった14日同様、朝3時に応援バスに乗り込んで甲子園を目指しました。超満員の3塁側アルプススタンドで、全員がおそろいの白いメガホンを振りながら一体になって声援を送っていた光景を思い出すと、今も目頭や鼻の奥が激しく反応します。
結果的には3対8で敗れましたが、先行されて一時は逆転するなど、久しぶりに会った同級生たちと大いに盛り上がりました。試合はもちろん、感動したのは帰りの応援バスの雰囲気です。いろんな年代のOB・OGが乗り合わせていましたが、どの顔にも疲れとともに満足感が浮かんでいました。「残念だったね」という声はあったものの、勝てなかったことを非難したり選手や監督を責めたりする人は誰もいません。
「母校が甲子園に出てくれたおかげで、楽しい夏を過ごさせてもらった」
「いい夢を見せてもらえた。生きているうちにこんな経験ができるなんて」
「こうして懐かしい顔にたくさん会えたのも、あの子たちのおかげだ」
などなど、選手たちに感謝し、甲子園で応援できた幸せを噛みしめる声ばかりが聞こえてきます(実際は松阪弁ですが標準語に翻訳)。けっして競ってキレイごとを言っていたわけではありません。みんな(私も)心から、そういう気持ちでした。試合の日の夜に放送された「熱闘甲子園」(テレ朝系)には、試合後に挨拶する松阪高校の選手たちに、アルプスから「甲子園に連れてきてくれて、ありがとう!」と声が飛んだ光景が映ったとか。
もしかしたら、勝ちを期待されている強豪校の場合は、そうは言っていられないのでしょうか。ただ、勝手に盛り上がらせてもらっている側が、選手が頑張った結果に対してあれこれ言うのは、明らかにおこがましい行為です。おそらくどんな強豪校の場合も、多くの人たちは大人な受け止め方や反応をしているに違いありません。
そう、試合中だけでなく、お家に帰るまでが応援です。野球に限りませんが、後輩たちに声援を送っているOB・OGは、目の前の選手と同時に、自分自身を応援していると言えるでしょう。素直な気持ちで健闘を称えて感謝を示すことは、楽しかった一日をいい思い出にするためにも自分をさらに元気にするためにも、とても有効です。
甲子園では選手たちに素晴らしい試合を見せてもらい、バスでは深く美しい大人の真髄を見せてもらいました。もう少し続く球児たちの戦いをテレビで観戦して、おもに負けたほうに肩入れしつつ、熱くて幸せだった夏の余韻にひたらせてもらおうと思います。