毎夏、日本中を熱狂させる高校野球の甲子園大会。プロ野球に入って活躍する選手がいる一方、決して成功とは言えない形で球界を去る人もいる。夢を抱く高校球児たちと球界を去った元選手たちの光と影を作家の山藤章一郎氏が報告する。
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「私、いまだに夢見るんですよ。野球のね、裏方のね」
ストライクが入らない。注文どおりの変化球が投げられない。56歳になる松浦正さんは、中日と南海で10年ピッチャーをやり、その後、49歳まで21年間打撃投手を務めた。現在、浜松で従業員4人の居酒屋の雇われ店長。ラーメンサラダ600円。チャンジャ(タラの塩辛)380円。妻をがんで喪い、3人の子を育てた。九州小倉出身。
「野球バカですけ。ほら、こう肘が曲がってるっしょ。打撃投手だから、毎日ひと試合完投分120球ほど投げて。とにかく、腕、肘が痛くても、女房子ども養なわんといけんからね。炎症、腫れ、痛み吹き飛ばすボルタレンを口に放りこんで。副作用に吐き気とかあるんやけど、どうでもええ」
その、薬の大量服用と肘の曲がりが、〈球とバット〉でめしを食ってきた勲章だという。
「いまだに秋ちゅうのが嫌いや。オレらみたいな中途半端な人間は、来年はもういらんとクビになるやらしれん。ドラフトが始まる秋は1年契約の更改時期や。もうドキドキよ。そんな夢も見る」
49歳で、ボルタレンも効かぬ骨折の痛みで、球界を去った。160キロを出した大谷翔平(花巻東)の話を向けると、高校生からプロに入る者の心構えのことになった。流されるな。研究熱心でいろ。どういう思いでプロに入ったか、いつも自問自答せよ。酒と女にはことに警戒せよ、と。松浦さんは、自分の居酒屋を九州で持ちたいと思っている。現在は無休。午後3時に開け、深夜を過ぎて部屋に帰り着く。
「居酒屋も野球とおんなじよ。とにかく声出して、一生懸命動きまわって感動を与える仕事やで」
大阪・舞洲球場――。中日の中田・米村の両スカウトも野球にたずさわれる好運に感謝する。この日は、花巻東の大谷と並んで今大会の超目玉・大阪桐蔭の藤浪晋太郎投手を見に来ていた。
「藤浪は頭がいい。学科も5教科500点満点で、400点後半を取る。それが野球にも出てます。制球が算数で計算したように実に考えられているんです。そんなん見られる。幸せです」
なにを教えなくとも、体が成長すれば活躍する技術を持った選手を獲得したい。スカウトはそのために試合、学校に足繁く通う。
「中日の先発エース・吉見一起の入団前の試合も全部見ました。追っかけです。スカウトと選手は、将来の親子です」
『プロ野球スカウトが教える一流になる選手消える選手』(上田武司、祥伝社黄金文庫)に、伸びる選手を見分ける法が綴られている。上田氏は巨人に44年間、選手、コーチ、スカウトで在籍し、高橋由伸や内海哲也を見出した。ひとつだけいう。母親の尻を見ろと。
「内海のお母さんはどっしりとした実にいいお尻をしていました」「高校生の内海」「鍛えればお母さん以上のお尻にできる」「選手が伸びるかどうかは、下半身がしっかりしていること、これが一番の条件です」
※週刊ポスト2012年8月31日号