すぐそこにそびえる東京タワーも、揺らいでいるかのように見える猛暑の東京都心。けれども、一歩はいった室内には、清涼な空気がただよう。大きな無垢のテーブルに置かれた釜は爽やかに、いけられた花の緑はただ静かに涼を誘う。
この部屋の主、千宗屋さんは軽快な作務衣姿で、菓子をすすめ、点てた茶を供してくれた。千さんは、その名からもわかるように、千利休からつながる武者小路千家の次期家元。『情熱大陸』(TBS系)や『日曜美術館』(NHK・Eテレ)にも出演し、“千利休の再来”ともいわれる、新進気鋭の茶人だ。そんな千さんは、茶道にまつわるエッセイ『茶味空間。』をこのたび上梓した。
茶の湯を語るとき必ずついて回るわび・さびは、崇高すぎて近寄りがたい精神のように思われがちだが、わびもさびも積極的な現実肯定の姿勢を指すのではないか、そう千さんは考える。だから、茶の湯も浮世離れしたものでもないし、人々の手の届かない高みにあるものでもない。
「むしろ、そのときどきの人々の心や社会をリアルに反映して、問題意識を共有するものだと思っています」(千さん・以下「」内同)
その茶の力を感じたのは、去年3月の東日本大震災の直後だった。
「大きな被害のニュースに呆然とし、いま茶に何ができるのだろうか、と1か月近くそれだけを考えて京都で過ごしていました。東京に戻ってみたら、街は暗く、人々も暗くうつむきがちに歩いている。被災地だけでなく東京も病んでいると思い、東京が元気でなくて、どうして被災地の支援ができるだろうか、と思ったんです」
こんなときこそ茶ではないだろうか。一服の茶に気持ちを鎮め、心うるおし、まずひとりひとりに素の自分と向き合ってもらおう。そう思い立って、4月半ばに東京の茶室を開放し、知る限りの人に呼びかけて、訪れた人は、誰にでも茶をふるまった。
「中世に、寺の境内に集った人々に分け隔てなく僧侶らが茶をふるまった施茶にならったのです」
2日間で150人もが集まり、「一服のお茶で我にかえった」「気持ちが楽になった」と感謝された。とくに訴えたわけでもないのに、義捐金も集まった。茶の力を実感し、「やってよかった」と心から思った。以来、このお茶会は継続的に続き、同年8月には被災地福島・いわき市で、今年3月11日には宮城・気仙沼市で慰霊のための献茶をした。
「こうしたお茶会や献茶をして、お茶は人と人の心をつなぐものだと実感しました」
和がブームだといわれるいま、茶の湯にももっともっと親しんでほしい、と願う千さん。抹茶碗があればそれに越したことはないが、めし碗でも、カフェオレボウルや小ぶりなサラダボウルでもいいかもしれない。手に取って一服のお茶を点ててみよう。とんがっている気持ちが、まろやかになっていきそうだ。
多忙な日々の千さん自身は、一日に5、6服は自分で茶を点て、客にふるまい、自分でもいただくという。コーヒーや紅茶も大好きだという一面にも、飾らない自由な人柄が垣間見えた。
※女性セブン2012年8月23・30日号