小泉純一郎氏と小沢一郎氏という、ともに並外れた政局勘で政治を大きく動かしてきた政敵同士が、期せずして奇妙な共同歩調を取った。小泉氏は次男・進次郎氏を動かして、「3党合意を破棄すべき」と乱を起こさせると、すかさず小沢氏が中小野党をまとめて内閣不信任案を提出、自公に踏み絵を迫った。やはり、この2人が動くときが「政局」なのだ。
新進党、自由党で小沢氏と行動をともにした後、自民党の小泉政権下で大臣を務めた経験から、両氏を間近で見てきた小池百合子・衆院議員と、2人に関する多くの著作を持つ作家・大下英治氏が、2人の政局勘について語り合った。
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――小泉氏と小沢氏は同じ自民党でも“出自”が違う。
小池:自民党の派閥文化は私のDNAにはないが、小泉総理の時代に清和会(旧森派)に所属していたとき、派閥の会合で長老の1人が、「我々の戦いはすなわち経世会(旧竹下派)との戦いだ」と、いかに経世会に苦しめられたかの歴史を滔々と語るわけです。それを聞いて、あ、経世会と清和会の怨念戦争が日本の政治なんだと初めて気づいた。私は知らないうちに経世会出身の小沢さんと清和会の小泉さんの両方に加担していたことになる(笑い)。
大下:怨念は戦いの大きなエネルギーにもなる。小沢さんは早くから経世会のプリンスだったが、小泉さんは小沢さんら経世会にコンプレックスがあった。だからこそ経世会と3回も総裁選を戦って総理総裁になり、経世会を政権中枢から干しあげた。郵政民営化は小沢さんが自民党を離党した後だったが、実際には郵政族のドンだった経世会の野中広務氏との戦いでしたし。
――2人は権力闘争の手法も違う?
大下:小沢さんは正面から力で押しつぶす。自民党を離党したときは少数派だったが、読みと行動の早さで細川護熙氏を口説いて非自民の細川連立政権をまとめあげた。民主党への政権交代はまさに正攻法でした。
小泉さんはそうじゃない。いかにも自分より大きな敵と戦うように見せるが、実際は事前に相手の数以上の味方をつくってから勝負に出る。郵政民営化の経世会との戦いでも、経世会の衆院と参院を両方相手に戦えば勝ち目がないから、参院経世会の青木幹雄氏を味方につけて野中氏と戦った。戦巧者ですね。
小池:2人に共通するのは「非情」なところ。政治家として必要な資質だと思うが、小沢さんが政治行動を起こすたびに、必要以上に周囲から人が減っていきすぎる。
大下:非情さでは小泉さんが一枚上ではないか。郵政民営化のとき、干からびたチーズ事件(※)というのがあった。首相公邸に小泉さんを訪ねた森喜朗・元首相は、実はあのとき「福田康夫を総理にするからあんたは辞めろ」と退陣を勧告したが、小泉さんの返事が凄味がきいていた。
「オレの葬式には誰も来てもらわなくていいんだ」
とても堅気の台詞とは思えない(笑い)。そのうえで小泉さんは帰り際の森氏に「交渉決裂を派手にやってよ」と演出を要求したわけです。
――小沢氏は郵政解散の際、本誌のインタビュー(2005年9月9日号)で小泉氏について、「おれ(小泉氏のこと)は総裁になる時に郵政民営化といってるじゃないか。それなのになんで反対するんだ。それじゃ、総裁に選ばなきゃいいじゃないかと。それは筋道として、彼のいうとおりなんだね」と、条件付きながら手法は間違っていないと語っていた。
大下:小沢さんも勝負師としての小泉さんを評価している部分はあると思う。実は、小泉首相が退陣する半年ほど前、水面下で2人の会談が交渉されたことがある。2006年4月頃、郵政造反組の川上義博・現民主党参院議員が拉致問題の件で四谷の料理屋で飲んだとき、小泉さんが、「いまの政治家で政局がわかるのはおれと小沢くらいしかいない」と語った。
そこで川上氏が「会ったらどうか」というと、「いいよ」という返事をもらう。川上氏がそのことを小沢さんに伝えると、小沢さんも「会ってもいいよ。ただし、問題はタイミングだな」と応じた。結局、2人のタイミングが合わないまま小泉首相が退陣してしまって、会談は幻に終わった。
【※】干からびたチーズ事件/2005年8月6日、森氏が首相官邸に出向いて小泉氏に衆院解散見送りを進言したが、小泉氏は説得を聞き入れなかった。このとき、小泉氏が高級チーズ・ミモレットを供したことを、森氏は「干からびたチーズ一切れと缶ビールしか出さなかった」と揶揄した。
※週刊ポスト2012年8月31日号