タトゥーがファッションとして普及するにつれ、様々な摩擦が生じつつある。7000人近くに刺青を彫り、伝説の彫師とも称される三代目彫よし氏によると、日本の刺青は「隠す文化」だった。だが、それも今は昔か。今年3月には「若い女性の間では“自分を魅せるモノ”としてタトゥーが受け入れられている」と、自身もタトゥーを入れるタレントの小森純がテレビ番組で発言し、物議を醸した。
さらに記憶に新しいのが大阪市の「入れ墨調査」をめぐる騒動だろう。改めて振り返ると、今年2月、大阪市の児童福祉施設の男性職員が、子どもたちに腕の入れ墨を見せて威嚇していたことが発覚。橋下徹市長がこれを問題視し、5月に入れ墨の有無を尋ねる調査を実施すると、プライバシーの侵害などとして一部職員が回答を拒否。大阪市労働組合連合会なども抗議文を出した。調査の結果、職員約3万4千人を対象にした調査では113人、教職員ら約1万7千人を対象にした調査では10人が「入れ墨がある」と回答している。
三代目彫よし氏が一連の騒動について語った。
「調査について言えば、刺青は個人の嗜好。だから第三者に口を挟まれることではないと基本的には思う。だけど、公共の場でそれを出していいかっていうのは別の問題で、俺はダメだと思う。だから、余計なお世話な面と、ある意味では正しい面とがある。そもそも、子どもを脅かすようなヤツは、刺青を入れる資格はないよね。うちの師匠(初代彫よし)だったら、皮をはいじまえって言ったと思うよ。昔は隠す美学があったけどね」
一方で、入れ墨をひとくくりで悪いとする風潮には疑問を感じるという。
「威嚇はもってのほかだけど、刺青は無条件に悪い、という風潮はどうかなぁ。刺青の印象を悪くしたのは歴史で、それを煽りたてたのはマスコミだよね。日本には“刺青=悪・怖い”という図式ができあがってしまっている。アメリカなんかには、それはないんですから」
では今後入れ墨が一般化し、悪いイメージが払しょくされていけば、それは好ましいことなのだろうか。彫よし氏はアンビバレントな心情を吐露した。
「アメリカンタトゥーを入れる若い子が増えても、悪いイメージはそう簡単には変わらないだろうね。マスコミが変わらなければね。ただ、刺青が広がることがね……。法政大学教授だった故・松田修先生は、刺青をお茶の間に進出させちゃいかんと言ったんです。特殊な世界でこそ、光を放つものだと。俺もそう思うんですよ。アウトローとか、日蔭者だっていうような自意識があってこそ、刺青の価値がある。だから、認められたい気持ちと、そうでない気持ちがある。複雑なもんよ」
【三代目彫よし氏】
1946年静岡県生まれ。21歳のときに横浜初代彫よし氏に天女と龍の刺青を背中に彫ってもらい、1971年より部屋の住み込み弟子として入門。1979年、三代目彫よしを襲名。1980年代より海外のタトゥー・コンベンションに参加し、世界の彫師たちとも交流を持つ。研究資料のために蒐集されたものは、横浜の『文身歴史資料館』にて広く一般に公開している。作品集も多数出版。