“クールジャパン”というキャッチフレーズのもと、いま政府は日本文化の海外への売り出しに積極的だ。その内容は主にアニメや漫画、ゲームなどのポップカルチャー。だが、海外で高く評価される日本文化はこれらだけではない。「刺青」もまた、日本が誇る文化の一つと語るのは、伝説の彫師とも称される、三代目彫よし氏だ。
「日本の刺青には、海外にはない技術があるんです。涙だとか雲だとか、背景をつける技術とか、繊細なグラデーションを表現する“ぼかし”。こういった日本独自の手法が欧米でブームになっている。それから、ワンポイントの絵柄をベタベタ入れるだけじゃなく、一つの絵を、全身を包みこむように彫るようになったのも日本の影響。庶民文化である日本の刺青が、世界を席巻しているんですよ。
だから俺も、外国人の彫師に会っても個人としてアピールする気はなくて、日本文化を知ってもらいたい思いだけ。少しでも日本の刺青を知ってもらえたらそれでいい」
実際、彫よし氏のもとには、海外からのお客さんがひっきりなしに訪れるという。スタジオが外国人ばかりになる日も少なくないとか。一方で、彫よし氏は、外国からの影響も指摘する。
「といっても、すべてが日本のものとはいえないよね。刺青に限らず、文化って、色んな国のものがまざってできているでしょ。お祭りだってそう。祇園祭りの山鉾に飾られているタペストリーはペルシャ、ベルギーから来たもの。仏像だって大陸から。日本は東洋のゴミ捨て場って言われるくらい、いろんな文化が入ってくる。それを熟成して、より良いものにしてきた。それでいいんですよ。日本の彫師も、特に若い子なんかは、欧米のものを一生懸命取り入れたりしているよね」
いま、国内外を問わず、どんなデザインが人気なのか。聞いてみた。
「流行っていうのはあまりないかなぁ。龍はずっと人気があるよね。あと10数年前に、『百鬼図』っていう鬼のデザインの本を出したんです。それから世界的に鬼ブームになった」
そもそも刺青のデザインのラインナップがどのくらいあるのか尋ねると、「(葛飾)北斎漫画に匹敵するくらい何でもアリ。ないものはない」と彫よし氏。とはいえ氏の定番は、北斎、歌川国芳、月岡芳年だそうで、なかでも北斎への愛は別格のようだ。
「北斎の絵は、そのままでは刺青にならないんだけど、受けるイメージが途方もない。骨格が無理に歪んだような、絶対ありえないポーズをしているのに、それがすごく魅力的。普通は絵にならないものを絵にしちゃうのが北斎の技量。惹かれるね」
【三代目彫よし氏】
1946年静岡県生まれ。21歳のときに横浜初代彫よし氏に天女と龍の刺青を背中に彫ってもらい、1971年より部屋の住み込み弟子として入門。1979年、三代目彫よしを襲名。1980年代より海外のタトゥー・コンベンションに参加し、世界の彫師たちとも交流を持つ。研究資料のために蒐集されたものは、横浜の『文身歴史資料館』にて広く一般に公開している。作品集も多数出版。