去る7月23日、第19回小学館ノンフィクション大賞が発表された。圧倒的な支持を集めて大賞(賞金500万円)を受賞したのは、ノンフィクションライターの山口由美氏の『R130‐#34 封印された写真─ユージン・スミスの「水俣」』。世界的な写真家が「公害の原点」に迫った日々を追った記録だ。以下、山口氏の喜びの言葉をお伝えする。
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ユージン・スミスの水俣時代のアシスタント、石川武志さんとの出会いは、シドニーオリンピックの年でした。原始美術の宝庫として知られるパプアニューギニアのセピック川を旅する取材に同行したのです。
旅先での断片的な会話から立ち上がってきた物語が、数えて三度目のオリンピックを迎えた夏、大賞を受賞出来たことに感慨深い思いがあります。
本格的な取材を始めた頃、東日本大震災がありました。福島の原発事故に対する東電や政府の対応に水俣病の過去が重なり、ユージンが最後に選んだテーマが、多くの問題をいまなお示唆していることに改めて気づかされました。今年は、水俣病の第一人者であった原田正純医師の訃報もありました。そして、今回、受賞の知らせを受けた四日後が、水俣病認定申請期限のタイミングであったことにも運命的なものを感じています。
さらに今年一月、原稿執筆中に飛び込んできたのが、ユージンが愛用していたコダックフィルムのコダック社倒産のニュースでした。写真の世界においても、ひとつの時代の終焉が重なりました。
今回のテーマは、果物が熟してぽとりと落ちるようなタイミングでかたちになったものです。ノンフィクションのテーマというのは、話題性を狙っても、必ずしも自分自身とリンクするとは限らず、また自分の興味だけでテーマを選んでも、時代性にそぐわないことがあります。その中で、何よりこのテーマに巡り会えたこと、そしてこの作品が評価されたことを大変うれしく思っています。
【山口由美(やまぐち・ゆみ)】 1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部卒。会社勤務後、ホテル・海外旅行専門誌のフリーランス記者を経て、ホテル、建築、近現代史などのノンフィクションを手がける。主な著書に『箱根富士屋ホテル物語』『帝国ホテル・ライト館の謎』など。
※週刊ポスト2012年9月7日号