昨年10月、暴排条例が全国で施行され、シノギを開拓しようとする日本の暴力団が海外に新たな拠点を求めている。カンボジアで取材をしたフリーライターの鈴木智彦氏は、現地である暴力団の親分に出会った。鈴木氏が海外で暴力団が手がける新しいシノギについて報告する。
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彼の渡世名……指定暴力団幹部としての通名は、日本でも平凡な名字なので、仮に田中とする。田中はカンボジアを舞台にした投資詐欺の黒幕で、巨額の利益を上げているという。会うのは1年ぶりだった。カンボジアに来るきっかけをくれたのは田中だ。暴力団は金の匂いに敏感である。
金のためなら平気で人を恫喝し、暴行し、時には命さえ奪って、ためらいなく資産を奪う。長年の暴力団取材で学んだ定理を再確認したのは、東日本大震災から1か月経った頃だった。重機で被災地のATMを強奪し、窃盗団を組織し、被災者の留守宅から、現金や貴金属を盗み出している暴力団員がいると聞き、現地入りして取材をしてみると、かつて取材したことのある田中だったので驚いた。実話誌の取材では「堅気さんには迷惑をかけない」と語っていたが、こちらもそんな言葉を信じるほどウブではない。
取材のオーケーは簡単に出た。その時のインタビューの場所はかつて取材した事務所だった。
「震災は俺にとっては棚からぼた餅だった。暴力団排除条例が出そろうまでが勝負だ」
田中は火事場泥棒を行なう一方、復興利権に食い込もうとしていた。肝心の取材は30分で終わった。強引に「ヤクザは金になりゃ何をやってもいいんだ。NGはパクられることだけだ。震災の次に狙うのはカンボジアだよ。なんでもやり放題、こんな国はどこにもない」と話題を変えたからだ。これ以上、手口を話したくないという目くらましでもあった。ゴリ押ししても無駄なので、田中の話を聞くことにした。
「日本でのシノギは行き詰まる。特に正業は絶対に、必ずだ。危機感を持ってない馬鹿ヤクザが多すぎる。俺は5年ほど前からカンボジアの軍や警察幹部にけっこうな額の寄付をしてきた。細かいことは教えられないが、実際、俺はヤツらを動かせる。殺したいヤツがいたらカンボジアに連れて行けばいい。電話一本ですぐに殺してくれる。追加の賄賂を500万ほど渡せば大喜びだ」
田中がカンボジアに目を付けたのは今から3年ほど前だったという。
「これまでに2人を殺した。死体が上がらないので事件にはなってない。殺られたのも殺ったのもカンボジア人だ。商売敵になると思ったんで消えてもらった。その時に払ったのは死体一つにつき200万円だ。儲けを考えりゃ安い投資だ」
「カンボジアで何をやるつもりなんですか?」
「シャブを売っても売春を仕切ってもいい。セックスとドラッグは、世界中どこに行ってもマフィアが仕切っている。そのうちの日本人相手の分だけ俺らがもらう。歌舞伎町に進出してきた中国マフィアの逆をやるわけだ。マフィアのいない途上国なら軍隊だ。これは金でどうにでもなる。でも俺にはいい考えがある。少ない投資で確実に儲かる方法が……」
そのアイディアとは“投資詐欺”だった。1年もかからず10億程度の儲けになるだろう、と田中は豪語した。ちなみに田中は見事に復興利権も手にした。福島の原発復旧工事、宮城の建設談合、青森では個人住宅の建設で、月に2000万円程度のシノギになっていた。 田中は日本での稼ぎの大半を、カンボジアをはじめとする海外につぎ込んだ。
「まともな仕事より、あくどいシノギが性に合う」
口元をゆがめて笑うが、カンボジアでのシノギは今後正業へシフトし、投資詐欺はやめるつもりだという。これまで騙し取った総額は9億円弱で、1年ちょっと前に豪語した目標金額までは少々足りない。だが、さすが博徒、いや、犯罪のプロだけあって、勝負の引き際を心得ている。
「この1年でちんけな詐欺師やブローカーが増えすぎた。ほんとかどうか知らねぇが、ヤクザの名前を騙ってる不届き者もいる。けっこう派手にやってるから、いずれ裁判になるだろうし、マスコミも騒ぐだろう。注目が集まる前にやめる。タッチ・アンド・ゴーってやつだ。投資詐欺は今後も続くだろうが、いまごろ始める連中はハンパ詐欺師連中に決まっている」
事実、カンボジアへの投資詐欺案件は年々増加し、日本の国民生活センターは注意喚起を出した。プノンペンの飲食店経営者は「日本大使館にも苦情が殺到している」と証言する。
そのほとんどが農地開発やリゾート建設を名目に金を集めており、規模の大小はあっても手口はほぼ共通している。今後、発展が見込まれるカンボジアという途上国だけに、金儲けのチャンスがあることは事実であり、定年退職した夫婦がコツコツと蓄えた貯蓄や退職金をつぎ込んだり、欲に目がくらんだ富裕層が、よく調べもせず1000万単位の金を騙し取られる。
※SAPIO2012年8月22・29日号