【書評】『防衛省』(能勢伸之/新潮新書/777円)
【評者】山内昌之(明治大学特任教授)
* * *
「武器輸出三原則」と「武器輸出三原則等」の違いは? 石破茂元防衛相は、「ミリタリーを知らない政治家は国を統治し安全を守ることはできない」と指摘したことがある。民主党政権下で無能な大臣が二人も続いて幻滅させられた国民も多かったはずだ。
そもそも日本人には、軍事や安全保障を市民的教養の大事な一部だと考える傾向が希薄である。しかし、欧米では市民も知識人も戦史や戦略を重要な教養の糧と考えるのが普通である。4兆円もの巨大予算をもつ防衛省や自衛隊について、本書のレベルの基礎知識をもつことは市民の健全な批判能力を涵養する上でも欠かせない。
たとえば、「武器輸出三原則」と「武器輸出三原則等」の違いはどこにあるのか。前者が共産圏や国連決議対象国や紛争当事国への武器禁輸を指すのはともかく、後者が三原則地域以外にも「輸出を慎む」とか、武器製造関連設備の輸出については「武器に準じて取り扱う」といった三木内閣の統一見解を三原則に加えたことを知る人は少ない。
この本を読むと海上自衛隊よりも海上保安庁のほうが、旧帝国海軍の系譜を“正統的”に継承した面のあることが改めて確認されて興味深い。戦後の朝鮮半島海域で機雷掃海を担った海上保安庁特別掃海隊は旧海軍を継承していた。
そして、海保に付属する海上警備隊が発展を遂げて海上自衛隊が発足したのである。北朝鮮の工作船や各種中国船の領海侵犯や不法行為に対して海保が発揮する実力は、日本の自衛力が空白だった戦後の一時期を担った誇りや自信とも無縁ではない。
社会党の非武装中立論と似て非なる永世中立国スイスの国民皆兵や自宅での武器装備の事実も、専守防衛の自衛隊と比較するよすがとなる。
また、森本敏大臣の誕生とともに話題となったシビリアン・コントロールについても、詳しい知見が披瀝されている。とにかく、防衛省・自衛隊という世界史でも特異な“軍隊”の実相を紹介する良書として広く読まれることを期待したい。
※週刊ポスト2012年9月7日号