「漢字が動物になる」というダイナミズムが子どもだけでなく大人の心もつかみ、累計650万個売り上げる大ヒットとなったバンダイの『超変換!! もじバケる』。この“食玩”開発の裏側を、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が報告する。
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その商品の値段は「105円」。蓋を開けると、粒ガムが1個、コロンと出てくるだけ。ところがガムにオマケでついてくる玩具のほうは意表をついていた。プラスチック製、角張った漢字一文字で「隼」。
そう、「ハヤブサ」と読むことはご存じですね。この漢字を、まずは説明書通りにバラバラのパーツに解体する。そして、シールを貼ったり、別のパーツと組み合わせたり、はめ込んでいくと……鋭い眼光、翼を大きく広げたハヤブサが、手のひらの上に出現!「漢字が動物になる」というダイナミズム。
バンダイの『超変換!! もじバケる』は子ども向けの玩具入り菓子だ。2010年5月に発売された第1弾から現在の第5弾まで、シリーズ累計650万個も売り上げているヒット商品だということをご存じだろうか?
「子ども向け」なんてとんでもない。馴染んできた漢字が、あれよあれよという間に動物に変身するから、大人の心も揺さぶられてしまう。「隼」という字に続いて「犀」「麒」を大人買いしてしまった私。でも本当は「猫」が欲しかったのだ。しかし売り切れ状態。ざんねん。
漢字が変身するオモチャなんて、どんな人が考え出したのだろうか? 興味津々で取材を申し込んだ。漢字のイメージから、頑固そうな男性が企画したのかと思いきや、意外や意外。若い女性が現われた。
「最初は、『龍という漢字がカッコいい』という小学生の男の子のおしゃべりを、ふと耳にしたところからなんです」と同社キャンディ事業部の桐ヶ谷美沙子さん(27)は企画のきっかけについて話し始めた。「これまで食玩というと、ポケットモンスターや仮面ライダーなどキャラクターの商品化が多かったのですが、私は一からオリジナルの商品を作ってみたいと思っていました」
桐ヶ谷さんの心にひっかかった「漢字」を使ったおもちゃのアイデア。さっそく図面を試作してみようと、グループ会社の協力メーカーであるメガハウスのOEM事業部・石塚繁氏(37)に相談した。
「たしかに文字そのものを変形させる玩具って、他に類がなかったので、最初はとまどいました」と石塚氏も言う。「漢字の部分を、いかに動物の身体に置き換えられるか。文字を逆さまにしてみたり、横に寝かせたり。CADで図面を起こしながら、本当に動物っぽい姿にできた時は何だかドキドキしましたね」
漢字ゆえの難しさはどこらへんにあったのでしょう?「そもそも漢字はカタチを写し取った象形文字です。例えば、羽をかたどった文字の部分をそのまま翼に変換しても意外性がなくておもちゃとしてつまらない。漢字からは想像のつかない飛躍的な展開ができないかと試行錯誤を繰り返しました」
製作チームものめり込んだ。それがこのおもちゃのワクワク感の源泉だった。「組み上がった時の動物のポーズにもこだわっています」と桐ヶ谷さんは言う。「例えば『熊』は、二本足で立っている姿にしたい。『蛇』は頭をもたげた威嚇のポーズに。四つ足の動物が多くてワンパターンになりがちなので、ポーズでバラエティ感を出したかったんです」
そうなのか。だから「翼を広げた」カッコイイ隼が生まれたのか。作り手のこだわりが細部に見えてきた。でも、こんなに凝ったおもちゃが税込み105円なんて、ちょっと安すぎないですか?
「実は社内でも議論がありまして。おもちゃのコンセプトは社内でも理解してもらえたのですが、当初設定していた250円という値段が高すぎるのでは、という意見が出たのです」
子ども向けの食玩は値段も重要だ。「オリジナル商品は105円」という当時の事業部の方針が壁となった。素材に品質、価格、デザイン。すべてを練り上げ、しかも価格は105円に抑える。厳しい制約の中、企画から商品化までに約1年かけた。そして2010年5月、やっと第1弾の「犬」「虎」「魚」「馬」「鳥」「竜」の発売にこぎつけた。
「もし売れなければ、そこで終わりだったかもしれません」(桐ヶ谷さん)。しかし、漢字が動物に「超変換」する躍動感が伝わり、火がついた。続けて第2弾、第3弾とシリーズ化。子どもだけでなく、コレクションする大人たちも現われた。子どもが学校で覚えたての漢字に興味を持ってくれると、教育熱心な親心も揺さぶった。
そしてこの商品、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品に認定された。MoMAの永久収蔵品に選ばれたということは、作者の優れたデザイン性と個性が際立つ「アート作品」として評価されたことを意味する。単なるヒット商品を超えた、ということだ。
※SAPIO2012年9月19日号