外交には常に表と裏がある。表で起きていることは韓国、中国との相次ぐ領土問題だが、その裏には、やはりアメリカの影があった。外交と日本政治の中枢を知り尽くした孫崎享氏(元外務省国際情報局長)とジャーナリストの長谷川幸洋氏が領土を巡るアメリカの思惑を語りあった。
――野田首相は8月24日の記者会見で、「韓国は竹島を不法占拠している」と明言し、「(竹島を)不退転の決意」で守ると宣言するなど、外交問題で強硬姿勢に出たように見える。
長谷川:野田首相とすれば「近いうち解散」を控えて、これ以上の支持率低下を避けるためにも「ここで何かいわねば」と焦ったのでしょう。強気なことをいっているように見えますが、実際にはこれまでの政権の主張を繰り返したに過ぎない。これでは政策になりません。
大事なのは、会見で最後にいった「平和的、外交的に問題解決を目指す」という具体的な内容、道筋なのに、それに関しては何も明示していない。
孫崎:その点は私も同じ感想です。何もいっていないに等しい。
長谷川:むしろ米国のほうが政策がはっきりしている。8月15日に、アーミテージ元国務副長官とナイ元国防次官補(ハーバード大学教授)が共同で発表した対日報告書によれば、〈日本政府は、長期的・戦略的観点から二国間関係を検証し、不必要な政治的意見表明は慎むべきだ〉とある。まるで野田首相の会見を先読みしていたかのように、“余計な強気発言”は無駄だと釘を刺しているのです。
そのうえで報告書は、日韓の歴史問題について、日米韓3か国の有識者による非政府間会合を開き、対話の進展を図る枠組みを提案した。つまり「米国が仲介する和解工作」ですね。こういうのが政策です。
孫崎:この問題になぜ米国が介入するのかというと、一般の日本人から見ると竹島も尖閣も同じ領土問題ですが、米国は竹島と尖閣を明確に分けていて、竹島問題のほうは穏便に収めたいからです。
東アジアで中国の脅威が高まる中で、米国が描くグランドデザインは、日本と韓国、フィリピン、オーストラリアと協力して中国に対抗するという構図だから、日韓が揉めるのは歓迎しない。政権末期の韓国大統領と支持率が低迷する日本の総理大臣が、人気取りで余計なバトルをするのを苦々しく思っているわけです。ですが、米国にとって尖閣問題はもっと複雑な事情が絡む。
長谷川:ここはすごく大事な点です。日本人は「竹島も尖閣も北方領土も攻められている」という感覚を持っていますが、米国にとって東アジアの主要関心事は中国であって、韓国やロシアではない。有り体にいえば、韓国も日本も、中国を封じ込めるためのパーツでしかない。
孫崎:だから、米国は尖閣問題に関して曖昧な態度を取り続けています。先日も国務省の記者会見で中国人記者が、「米国が『領土問題については中立だ』といいながら『尖閣には安保条約が適用される』としているのは矛盾している」と噛みついていた。これは本来、日本人記者が聞くべき質問ですけどね(苦笑)。
本当は、米国は尖閣を守るつもりなどないのです。安保条約第5条では、米軍の出動には米議会の同意が必要となっている。つまり、尖閣諸島をめぐって中国と武力衝突することを米議会が認めないと、出動できないということです。
長谷川:米国は“あの島を守るためになぜ米軍の兵士が死ななければならないのか”と考えるから、議会が認めない可能性はある。
孫崎:しかも2005年に日米間で交わされた「日米同盟 未来のための変革と再編」では、「島嶼防衛は日本の責任である」と明確化され、実効支配の及ばない地域には日米安保が適用されないといっている。つまり、一度、尖閣を中国に奪われたら、もう日米安保は適用されないのです。
長谷川:安保条約は「日本の施設下にある領域」を守ると書いているので、日本が実効支配していることが大前提です。
※週刊ポスト2012年9月14日号