李明博大統領の竹島訪問という暴挙に対し、日本政府は8月21日、ハーグ国際司法裁判所(ICJ)へ日韓共同で提訴することを韓国政府に提案した。これを日本側の反撃と捉えて、一部では評価する声があがっているが、事はそう単純ではない。
ICJに付託するには、当事者国間の合意が必要だ。元外交官の孫崎享(まごさき・うける)氏は、「実際提訴されたとしても韓国が応じる可能性はほとんどない」と言う。
日本側は過去2度、ICJへの付託を試みた。1度目は1954年に韓国側に文書で提案した。2度目は1962年に日韓外相会議で口頭で通達した。だが、いずれも韓国側は拒否している。 そのような経緯があり、竹島問題は棚上げされてきた。
「駐韓大使も務めた元外務事務次官の須之部量三氏は、『解決しないことをもって解決とする』ことを説いていました。つまり、日韓両政府は曖昧姿勢をとることで長く合意していたのです」(孫崎氏)
では、今回の提訴は、これまでの曖昧外交の殻を打ち破るものなのか。アジア関係に詳しいジャーナリストの青木直人氏は、「日本政府のマスターベーションだ」と切って捨てる。「外務省は、韓国が提訴に応じないと確信している。つまり、『自分たちは頑張っている』とアピールしているに過ぎない。日本国民に対する、不満のガス抜きです」
そもそも、李明博大統領に竹島上陸を許したこと自体が日本側の大きな失点だった。青木氏は、「近年の外交上の失策が、今回の竹島上陸を招いた」と指摘する。
最初の失策は、2010年9月に起こった尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件。中国側の反発を恐れた政府は、船長を無罪放免。しかもチャーター機で送り届けるという厚遇だった。そして、今年7月のメドベージェフ露首相の国後島訪問。日本政府が批判すると、ロシア上院のシニャキン外交副委員長は「日本の政治家は第2次世界大戦で連合国側に無条件降伏したことを思い出すべきだ」と逆に恫喝。外務省はなすすべもなかった。
「こうした弱腰外交を見ていた李明博が、自身の支持率低下を防ぐために竹島訪問に打って出た。一連の外交失策は地続きです」(青木氏)。
失策を重ねて、追い詰められた揚げ句、批判の矛先をそらすために提訴したというのが本当のところだろう。しかも、国際世論に押されて韓国がICJへの付託に同意し、かつ日本の主張が認められたとしても、「竹島奪還には繋がらない」と青木氏は言う。
「裁判で竹島が日本領だと認められても、実効支配している韓国が返還するとは思えない。ロンドン五輪で韓国のサッカー代表選手が『独島(竹島)は我が領土』と書かれたプラカードを掲げても、韓国で批判する声が聞かれないように、韓国に国際常識はない」
実際、カンボジアとタイの国境未画定地帯にある世界遺産プレア・ヴィヒア寺院は、1962年に国際司法裁判所によりカンボジアに帰属すると認められたが、タイ側は寺院周辺の土地はタイ領だと主張して、2011年2月には、カンボジア王国軍とタイ王国軍が交戦、死者が出た。
「そのまま韓国が居座った場合、交戦権を放棄した日本が取り返すのは困難だ。日本政府はそれをわかった上で、口先だけのポーズに終始している。李明博大統領の竹島訪問は国内向けのパフォーマンスですが、提訴もまた、同様の行為なのです」(青木氏)
「領土は銃以外では守れない」という国際社会の厳しい現実から目を背け続ける日本政府に竹島奪還など望むべくもない。日本国民はとんだ茶番劇につきあわされているのだ。
※SAPIO2012年9月19日号