現在、窮地のシャープが「救世主」と見ているのが、資本提携交渉中の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業だ。
アップルやヒューレッド・パッカードなど、世界中の電子機器生産を一手に引き受けるEMS(電子機器受託生産)の最大手である同社は、シャープ本体の株式を9.9%取得して筆頭株主になることで合意した。
郭台銘会長個人でも660億円で堺工場を運営する「堺ディスプレイプロダクト(SDP)」の株式を取得し、実質的に経営を握っている。ただし、社員にとっては救世主とは言い切れない。郭会長へのインタビュー経験が豊富な台北科学技術市場研究代表の大槻智洋氏がいう。
「鴻海の狙いは、シャープと提携することで電子機器全体の設計や部材選択といった上流工程を請け負う能力を得ることです。会社を丸ごと買収しようとは思っていない。シャープというブランド名は受託業である鴻海には転売するくらいしか価値がなく、液晶パネルの事業は鴻海の強みを直接強化しない。太陽電池技術も中国メーカーの攻勢で価格競争力を喪失している」
関西で液晶パネル事業に従事していた40代のエンジニア・Bさんの頬はこけ、明らかに顔が疲れていた。
「液晶といえばシャープという自負心を持って仕事をしてきた。でも、鴻海との提携が発表された後の今年4月、液晶と太陽電池の生産部門を中心に約900人が営業部門などへ配置転換されることになりました。
私にはまだ声がかかっていませんが、今後もこの配置転換は増えるそうです。40歳を越えて、今さら営業のスキルを身につけるなんて……。でも、子供はまだ独立していないし、家のローンも残っています。妻からも“絶対に辞めないで”といわれている。耐え忍ぶしかないんでしょうか」
技術職から営業職への配置転換は人員削減を進めたいメーカーではよくある話だ。要するに「嫌なら辞めてくれ」という会社からのメッセージである。
シャープ幹部もこういう。
「液晶の第一線で活躍してきた若くて優秀な技術屋ならば中国や韓国メーカーが欲しがることもあるでしょう。ですが、量販店に卸して売ってもらうだけのシャープの営業職はほとんど役に立たないし、鴻海を通じた販売チャンネルも増えるのでこれからも必要ない」
※週刊ポスト2012年9月14日号