総選挙が年内にも行なわれる可能性が高まった。新しい政権の枠組みがどうなるかはともかく、最大の注目は大阪維新の会と橋下徹大阪市長だろう。その外交政策はまだ不透明な部分が多いが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)については賛成の立場をとっている。外交と日本政治の中枢を知り尽くした孫崎享氏(元外務省国際情報局長)とジャーナリストの長谷川幸洋氏が橋下氏の外交政策について語りあった。
――橋下氏が政権を取った場合、対米関係は今まで通りの“言いなり外交”が続く可能性は。
長谷川:そこはわかりません。確かに橋下氏は、政策理念としては米国と親和性が高い政治家だと思いますが、それはあくまで理念の話で、現実政治では、「橋下という政治家がコントロールしやすいかどうか」が、米国の重要な判断軸になる。
米国が戦後65年以上使ってきた対日政策のチャンネルは「霞が関」ですが、橋下氏は「この霞が関を小さくする」といっている。これは国内で大ゲンカになるわけですよ。地方分権vs中央集権の構図で、霞が関の既存勢力からしてみれば、絶対許せないことです。霞が関がつぶされると、米国にとっても面倒です。
米国が選ぶのは野田(佳彦・首相)のような便利なパペット(操り人形)か、橋下のような本気でぶつかってくる相手なのかというと、扱いやすいほうがいいでしょう。
孫崎:もう一つ考慮すべきは、米国は親米的で利用価値があると考えてきた政治家を最初は重宝するが、それが少しでも逆の動きを見せた途端に、すぐさまパージ(追放)するという歴史を繰り返してきたこと。橋下氏が同じ轍を踏む可能性はある。
これまでにも、「自分は米国に寵愛されている」と勘違いして、米国の不可侵の部分にまで踏み込んで、切り捨てられた政治家は世界中にいます。たとえばサダム・フセインは、イラン・イラク戦争のときは、イランが戦争に勝って影響力が拡大することを恐れた米国から軍事的な支援を受けていました。
米国から寵愛されていると勘違いしたフセインは、「米国は参戦しない」と信じてクウェートに侵攻しました。しかし、米国に切られたフセインは湾岸戦争、イラク戦争という2度の戦争で打ちのめされ、最後は米軍に捕まり、裁判で処刑されました。
韓国の大統領だった朴正熙も親米的でしたが、カーター大統領に民主化を迫られた際、「米国にも黒人問題があるだろう」と反論し、直後にKCIA(大韓民国中央情報部)に暗殺されています。一線を踏み越えた途端に、無惨にも切り捨てられる。
――橋下氏が一線を越える可能性は?
長谷川:橋下氏がなぜ強いのかというと、彼はいつでも政治家を辞める覚悟があるからでしょう。そこが他の政治家と決定的に違う。ツイッターでも「政治生命を賭けるなんておかしい」との趣旨を書いていたが、そんなの賭けなくてもできるし、ダメなら辞めて他のことをすればいいという気持ちが常にあると思う。10年前は弁護士で、7年前はタレント、それから知事になり市長になった。次は何やろうか、というぐらいの割り切りがある。
孫崎:そういう人は脅しが効かないから、米国も操縦できなくなる。そのときに米国に潰される可能性は十分にあると思う。そんな人物が出てくるより、野田政権がずっと続くのなら、そのほうがいいに決まっている。
長谷川:米国はもちろん、コントロールできる人にずっとやってもらいたい。ただ、橋下首相になればなったで、それに応じて戦略、戦術を考えるはず。米国は徹頭徹尾、リアリストですから。
※週刊ポスト2012年9月14日号