銀行や証券会社などの金融機関や外資系企業がオフィスを構える高層ビル、さらにデパートや電化製品の量販店などが集中する上海・浦東新区。
この一角に、上海閥の総帥、江沢民・前国家主席の揮毫で「上海科学技術館」と大書されたブロンズ製の表札がかかる広大な博物館がある。東京ドーム7.5個分の広大な敷地の地下には、場違いとも思える華やかなショッピングモールが豁然と広がっていた。
約300の商店が軒を並べており、正式名称は「亜太新陽服飾礼品市場(アジア太平洋新陽服飾ギフトマーケット)」だが、上海っ子はだれもこの正式名称を使わず、「ニセモノ市場」と呼ぶ。
ここには正規の値段で買うと1500万円もするスイス製の高級時計「みたいなもの」がズラリと並ぶ。それにしても、一見して偽物とは分からない精巧さで、ボタン類もしっかり機能している。値段は交渉次第で、最初はだいたい「1000元(約1万3000円)」と吹っ掛けてくるのだが、それでも「安い」と思わせるほど本物そっくりだ。
筆者も買ってみたが、ズシリと重みがあり、高級感も兼ね備えている。
「ニセモノとはいえ、これだけ精巧に作れるのは並大抵の技術ではない。どんな工房で作っているのだろうか」
地元の事情通に尋ねると、「ここは中国人民解放軍が仕切っており、製造工場も軍が管理している。こんなシロモノが江沢民の揮毫(きごう=毛筆で書かれた額)がある科技館の地下で売られているのも上海ならではだ。軍の資金源のひとつで、ここは上海閥の聖域だ」と明かす。
そして驚くべき事実を口にした。
「ところが最近、異変が起こった。5月に入って、ここが警察の手入れを受けたのだ。軍に強い発言力を持つ江沢民ら上海閥の牙城に、胡錦濤・主席ら現指導部が捜査のメスを入れたわけだ。江沢民の影響力が薄れつつある証拠だ」
この話は2006年に上海閥の若手指導者だった陳良宇・上海市党委書記が汚職容疑で逮捕された事件と同じくらい上海っ子の間で驚きをもって語られているという。
胡主席は陳書記逮捕の際、上海閥の横槍が入ることを警戒して、捜査関係者数百人をすべて北京から送り込んだといわれる。これに激怒した江沢民ら上海閥は、翌2007年秋の第17回党大会で、胡主席の腹心で自身の後継者と決めていた李克強を退けて、太子党(高級幹部子弟)勢力の中心人物である習近平を次期最高指導者に内定した。鮮やかな逆転劇だった。
さらに、党最高指導部である党政治局常務委員会でも9人中6人もの江沢民直系幹部を送り込み、さながら「江沢民院政」を敷いた。胡主席らはその後長く臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の政権運営を余儀なくされたのである。
●文/相馬勝(ジャーナリスト)
※SAPIO2012年9月19日号