7日、野田佳彦首相は尖閣諸島や竹島など領土をめぐる対応に万全を期すため、当面は解散に踏み切る考えのないことを強調した。解散をめぐる首相の戦略を、東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏が解説する。(文中敬称略)
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マスコミが「今秋にも」と報じてきた「近いうち解散」がどうもご破算になりそうな雲行きだ。そのあたりを産経新聞が野田佳彦首相の発言を引いて、いち早く伝えている。
「与野党ともにいろいろなことを言っているが、しかるべき時に、やるべきことをやった後に信を問うという姿勢は変わっていない」(9月2日付)
しかるべきことが何かと言えば「外交や領土・領海の問題を加え、来年度予算編成にも意欲を示した」(同)という。予算編成もやるとなると、解散は年明けまで遠のく。すると「近いうち」は「来年のしかるべき時」という話になる。
ここへきて野田が一転、解散先送りの気配を漂わせ始めたのは、自民党が消費増税反対を理由にした首相問責決議案に賛成し、事実上、民主、自民、公明の3党合意の枠組みが壊れてしまったからだ。口では「壊れた」と言わないが、増税に合意した自民党が一転、反対に回ったのだから、枠組み崩壊は明々白々である。
谷垣禎一自民党総裁の再選もほとんど絶望的になった。本稿を執筆している9月5日現在、派閥のボスである古賀誠元幹事長の支持が得られず、総裁選出馬すら危うくなっている。
もともと民主党内は早期解散反対が大勢だ。3党合意が破談になったうえ、相手の大将も表舞台から消えるとなれば「なにも無理して解散する必要はない」となるのは自然である。
そもそも野田にとって最優先課題はなにか。それは「次の総選挙で大敗しても、政権の一角に残る」――すなわち自公民政権の樹立である。選挙に負けて政権からも滑り落ちてしまえば、待っているのは民主党の「流れ解散」しかない。そんな結果が分かっているのに、解散するのは自爆テロにもならない。単なる自殺行為である。
いまや自民党は握った手を離し、公明党も問責決議に欠席してポジションを中立に変えた。となれば、野田は解散を来年まで先送りし、再び時間稼ぎ戦術に転じる可能性が出てきた。
ただ、いつまでも先に延ばせるわけではない。自民党が赤字国債の発行を可能にする特例公債法案に賛成してくれないと、政府が金欠病に陥って首が回らなくなるからだ。
財務省は地方交付税の支払いを遅らせるなどして、なんとか金繰りをつける意向だ。それでも常識的に考えれば、ぎりぎり年末までだろう。来年1月の通常国会が始まっても、まだ本年度の国債発行ができないのでは、とても来年度予算を議論するどころではない。結局、野田が粘ったところで年末までとなる。
野田にとっては、谷垣が退場しても次の自民党総裁が自公民連立路線を選んでくれれば、今秋の解散を選ぶ道も残っている。それなら野田民主党は政権に残れるからだ。逆に民主党との連立をはっきり否定している安倍晋三元首相が総裁に選ばれると、これは「悪夢のシナリオ」である。「選挙に負けて、政権からも追い出される」結果になるからだ。
結局、野田が秋の解散に踏み切るかどうかは自民党総裁選の結果次第とみるのが合理的だ。自分を連立相手に選んでくれそうな総裁が誕生するなら解散してもいいが、そうでないなら時間稼ぎしか選択肢は残っていない。
以上は「民主党の敗北」が大前提である。新聞は選挙前に特定政党の敗北を前提にするような話を書きにくい。だが今回は一歩踏み込んでみないと、政局の展開が分かりにくくなる。先の産経記事は面白かった。ここは、どの新聞が突っ込んで書いていくかに注目する。
※週刊ポスト2012年9月21・28日号