【書評】米軍が恐れた「卑怯な日本軍」――帝国陸軍戦法マニュアルのすべて/一ノ瀬俊也著/文芸春秋/1680円(税込)
あの太平洋戦争は何だったのか。本書は、そのひとつの側面を明らかにする。
軍事史を専門にする著者は、2つのマニュアルからこの戦争を俯瞰する。ひとつは、終戦直前の1945年8月に発行された米軍の対日戦マニュアル。もうひとつは日本軍の対米戦マニュアルだ(1943年以降、いくつも発行)。
前者で米軍は、日本軍を「卑怯」と決めつける。新兵でもわかるように書かれたこのマニュアルでは、眼鏡で出っ歯という日本人を揶揄する差別的イラストを多用し、繰り返し、いかに日本軍が卑怯かを解説する。
〈日本軍の「対米戦法」とは、おとりの兵士が夜間に忍び寄って軽機関銃を乱射する、物陰から狙撃をする、地雷や仕掛け爆弾を死体にまで仕掛けるなどのさまざまな奸計を使っては米軍をあざむこうとする、というものであった〉
マニュアルが明らかにする日本軍の戦い方は、“弱者の戦法”で、強者に対してなりふりかまわず戦果を求めるものだ。では、なぜかくも“卑怯な日本軍”となったのか。著者はこう分析する。日中戦争での中国軍を真似たのだ、と。
日本軍の戦訓報告によれば、中国は「奸計」を駆使し続けた。日本軍はそれを卑怯と糾弾したが、同時に実地で学びとり、対米戦略に用いたのだ。
〈中国側の死んだふりや偽りの降伏、便衣(注・一般人と同じ服を着ること)による民間人へのなりすましという行為を後に日本軍自らがとりはじめ、米軍から戦訓マニュアルで同じように非難されたのは歴史の皮肉である〉
卑怯と認識しながら、戦法として用いる。そこに戦争の残酷さが浮かび上がってくる。
※SAPIO2012年9月19日号