韓国の李明博大統領が竹島を訪問した。韓国の強烈な自己主張を逆手に取って、日本の国益を増大させなければならないと語るのは、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏だ。以下、氏の外交に対する解説である。
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8月10日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸した。島根県の竹島は、わが国固有の領土であるが、韓国によって不法占拠された状態にあるというのが日本政府の立場だ。
これに対して、韓国は「『独島』(竹島に対する韓国側の呼称)は、歴史的にも国際法的にも韓国領であることは明白である。しかも、韓国が『独島』を実効支配しているので、日本との間に領土問題は存在しない」という立場を取っている。
ここで国際常識に基づいて、いかなる状態ならば領土問題になるかについて3つの場合に分けて整理してみよう。
第一に双方の政府が領土問題は存在すると主張する場合だ。歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の4島からなる北方領土の帰属をめぐる係争があることは、日露両国政府が認めている。従って日露間には、領土問題が存在する。
第二に双方の政府が領土問題と認めていない場合には、当然だが領土問題は存在しない。日本共産党は、北方4島のみならず、ウルップ島からシュムシュ島までの千島列島18島を含む計22島の日本への返還をロシアに要求せよという立場だ。
しかし、外交は政府の専管事項であるので、共産党の主張は日本国家の立場にならない。だから千島列島をめぐる領土問題は存在しない。韓国の一部に、長崎県の対馬の返還を要求する動きがある。しかし、韓国政府はそのような要求をしていない。従って、対馬をめぐる領土問題も存在しない。
第三に一方の政府が領土問題は存在する、他方の政府が領土問題は存在しないと主張する場合は、どうなるのであろうか。客観的には領土問題は存在するのである。ただし、実効支配している側は、極力、領土問題にすることを避けようとする。なぜならば、領土問題が存在することを認めれば、交渉を余儀なくされ、その結果、何らかの妥協をしなくてはならなくなるからだ。
その意味で、李明博大統領の竹島上陸でこの問題に日韓両国のみならず、国際社会の関心が集まったことを、日本政府は、わが国益を増進するために最大限に活用しなくてはならない。
ちなみに二国間関係だけで韓国に領土問題の存在を認めさせることは不可能だ。
東京大学東洋文化研究所元准教授の玄大松氏は、〈ウィトゲンシュタイン(引用者註 ※オーストリア出身の哲学者で、英国ケンブリッジ大学で教鞭を執り、現代思想に強い影響を与えた)は、疑うことなく信じる知識や反対のことが想像できない命題を「文法命題」(Grammatical proposition)と定義したが、まさに韓国人にとって「独島=韓国の領土」は「文法命題」であり、常に「真」になる恒真式である。〉(玄大松『領土ナショナリズムの誕生 「独島/竹島問題」の政治学』、ミネルヴァ書房、2006年、3頁)と記すが、的確な指摘である。
「独島は韓国領であることは、誰が何と言おうと絶対に正しい」という歴史的な実証性と国際法的根拠を無視した「独島神話」が、韓国人の統合という国内的機能を果たした後、拡張主義的傾向を示している。これに対して歯止めをかけておくことが、日本の国益のためのみならず、北東アジア地域の安定のためにも必要なのだ。
※SAPIO2012年9月19日号