今、深刻な経営不振が取り沙汰されている電機メーカー・シャープだが、誰もが知っている“あの商品”を生み出したのがシャープであることをご存知だろうか? 創業者・早川徳次氏が22歳の時に創案した商品とは? 作家の山藤章一郎氏が、早川氏の人生をたどった。
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22歳のとき、早川は〈繰り出し鉛筆〉を創案し、文具の専門店、銀座・伊東屋に日参して売り込んだ結果、横浜の貿易商から製造依頼がきた。
〈シャープペンシル〉と名づけた〈鉛筆〉は、欧州市場からの注文で増産を重ねた。国内は、大正デモクラシーの時代に入り、出版文化が興っていた。講談社、岩波書店、小学館が相次いで創業し、少年少女向けの雑誌を刊行した。シャープペンシルは、その文化と並行して売れた。
だが徳次、29歳の大正12年、関東大震災で、妻と、9歳、7歳の男児、家工場すべてを灰にした。しかし徳次は挫けない。新天地、大阪市西田辺に家を借りた。
ここで万年筆の付属具、クリップ、歯科治療の金属材、時計の部品などをつくり始めた。 そしてある日、ラジオ放送開始のニュースを耳にする。すぐ研究を始め、電気も真空管も使わず、方鉛鉱などで電波を聞き分ける鉱石ラジオ受信機を開発した。
早川徳次が「失っても失っても再起した」「七転び八起きの男」と呼ばれるのは、〈徳尾錠(*注)〉〈繰り出し鉛筆〉でひと財産を成しかけたが、大震災で無一物となり、しかしまた這い上がって、ラジオ、ブラウン管テレビ、電子レンジ、トランジスタ電卓など、新製品に挑戦しつづけたからだった。
【*注】徳尾錠:早川が考案した、穴が開いていない、革をスライドさせて止めるバックル
※週刊ポスト2012年9月21・28日号