「co.jp事件」が、今年6月、中国に駐在する日本人ビジネスマンたちを震撼させた。中国国内からco.jpドメイン(日本のサーバー)へのアクセスが遮断されたのだ。3日後に接続できるようになったが、尖閣問題で神経を尖らせる中国による回線遮断が疑われている。彼の地では、ネット検閲・規制を強化する当局とネットユーザーの攻防戦が熾烈を極めている。その最新事情を、中国のネット事情に精通する遠藤誉・筑波大学名誉教授が解説する。
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当局が網民(ネットユーザー)をコントロールするため、様々な検閲をしていることはよく知られている。
そもそも、中国のネット検閲は1990年代に始まった国家プロジェクト「金盾工程」(警察業務に関する電子化システムの建設)の一環として始まったものだ。金盾工程では、【1】個人情報管理、【2】電子商取引の安全性構築とともに、【3】国家の安全を確保するための情報検閲とフィルタリングが構想された。このプロジェクトが進行する間に、網民の爆発的な増加に伴うネット言論の高まりが生じ、特に【3】が重視されることになった。そこで、海外の“有害情報”をシャットアウトするために、万里の長城になぞらえた「防火長城」というファイアーウォールが築かれたのだ。
防火長城は中国の政治内容に言及するウェブサイト、政治的に“有害”なキーワード、及びその「URL」「IPアドレス」などを検知し、フィルタリングしている。いわゆる自動検閲システムである。
これにより、中国国内からツイッターやフェイスブックなど海外SNSへの接続はできない。また、特定のキーワードについては削除対象としている。
2009年7月には、削除対象のキーワードが明るみに出る“アクシデント”があった。実はこの年、中央行政省庁である工業・情報化部は国内で新発売されるすべてのパソコンにポルノ情報をフィルタリングするソフト「グリーンダム」の事前インストールを義務づけようとした。
これに抵抗した網民はグリーンダムのプログラムを解読し、ポルノだけでなく、法輪功を表わす「法輪」や天安門事件を表わす「六四」、江沢民一家の利益集団を表わす「江氏集団」といった政治的なキーワードが削除対象になっていることを突き止め暴露したのである。
この事件に見られるように、政府の検閲に対して網民はただ黙って従ってきたわけではない。例えば、別のサーバーを経由することにより「防火長城」を乗り越え、遮断された情報を入手したり、壁をすり抜ける無料ソフトを次々に開発している(これらの手法を「翻墻」と呼ぶ)。
また、彼らは検閲されたことがわかると胡政権の目指す「和諧社会」(貧富の差がなく調和のとれた社会)をもじって「アイヤー、和諧されたよ!」と皮肉たっぷりに書き込む。すると今度は「和諧された」という言葉が削除されるようになり、さらに網民は「和諧」と同じ発音(he xie)だが文字が異なる「河蟹」という言葉でパロディ式に対抗する。
※SAPIO2012年9月19日号