【書評】『夜をぶっとばせ』(井上荒野/朝日新聞出版/1575円)
【評者】嵐山光三郎(作家)
多くのお父さんは、妻に迫害され、娘には嫌われ、給料をかせぐだけのドレイであって、放置プレイ状態にある。で、小ぎれいな小料理屋の常連客となり、熟女の女将にお酒をついでもらって、できるなら一回ぐらいセックスしたいという妄想にかられている。けれど、店に来る客は、みんな同じような下心があって、それなりの経済力と品性が求められ、うまくいく人は少ない。ザンネーン。
しかしこんなのは、夫婦仲がいい家庭であって、いまの三十代妻は、「どうしたら夫と結婚せずにすんだのだろう」という不満を持っている。したくないセックスを夫に強要されるのは、妻から見ればレイプである。
かくして人妻たまきはインターネットの「メル友募集」に書きこんだ。三十五歳。主婦。水瓶座。いいことがひとつもありません。誰か助けに来てください。翌日、百三十七通もメールがきた。
人妻は、インターネットの奥へ奥へと連れていかれ、メル友と会い、何人かとセックスをする。そのうち、乱暴なメル友が自宅へ押しかけてきて、夫と殴りあいになる。夫ともメル友とも別れ、二人の子を連れて母子生活支援施設へ逃げこんだ。
と話は進んでいくのだが、井上荒野は、まるでホームドラマのように書いていき、現実にありそうだな、こういうの。じっさい、夫とのセックスがいやでいやでしょうがない人妻はそこらじゅうにいて、インターネットの「メル友」にはまってもおかしくない。人妻とメル友になりたがる男は、セックス目的だから、人妻も二、三回であきて、別のメル友をさがす。そのさきにあるのは破滅と漂流であって、都市の難民となる。
表題の「夜をぶっとばせ」は小学三年生の息子が友だちから借りてきたローリングストーンズの曲である。井上荒野の小説は、読みやすくて、凄味があり、読みはじめると、こちらも夜ごとぶっとばされたのだった。
※週刊ポスト2012年9月21・28日号