日韓関係の緊張が続くなか、韓国の内情を紹介する「オーディション社会 韓国」(新潮新書)がさきごろ出版された。非正規雇用労働者34.2%、自殺率先進国1位、上位20%の富裕層が韓国の土地の90.3%を所有する等々、韓国社会の苛烈な競争社会が露わにされている。著者で共同通信元ソウル特派員の佐藤大介氏に「近くて知らなかった韓国」の内情について聞いた。(聞き手=ノンフィクション・ライター神田憲行)
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――韓国がこのような激しい競争社会になってしまった理由はなんですか。
佐藤:きっかけは1997年のアジア通貨危機で、韓国が国際通貨基金(IMF)管理下に置かれたことです。経済の立て直しのためにノ・ムヒョン、キム・デジュン、そして今のイ・ミョンバク(李明博)大統領と新自由主義政策が導入され、トップエリートの育成、企業の競争力増加に政策が向けられたことです。
――具体的にはどのような政策ですか。
佐藤:たとえば労働市場の自由化と開放です。正社員を減らして非正規雇用労働者を増やし、一部の大企業を大きくして韓国経済の牽引車にしようとした。強いリーダーがいれば全体を引っ張っていってくれるという考え方です。
――そのために小学生から留学し、大学生になると少しでも良い企業に正社員として入社するために必死になって努力する。パソコンなど商品の性能を現す「スペック」という言葉が、人物評価にも使われる。
佐藤:勉強もスポーツも英才教育です。日本だとエリート主義だと批判されるようなことも、韓国ではそんな批判は全く聞かれません。なんでも「1番」でないと意味が無いからキツイ。経済協力開発機構(OECD)が2010年に発表した統計では、人口10万人当たりの自殺者は韓国が21.5人とトップ(日本は19.1人で三位)という現実につながっていると思いますね。
――この本ではそのエリートの象徴として、サムスンが取り上げられています。
佐藤:「韓国はサムスン共和国だ」という人がいますし、サムスンが転べば韓国が吹っ飛ぶくらい、韓国経済はサムスンに大きく依拠しています。入社するためにはTOIECで900点は必要ではないでしょうか。しかも入ってからも激しい業績争いがある。ただ役員になればいきなり給料が10倍になり専用車もつく。
――日本だと就職は厳しいけれど、大企業に入ってしまえば安泰というイメージがあるのですが、韓国ではそこからもまた競争が始まる。倒産・リストラなど会社都合で退職した人が去年100万人を突破したそうですね。
佐藤:働きながら学位を取るために大学院に通う人も多いですよ。日本とは違って学位が給料やポジションに反映されるのです。そこは少しアメリカ的かもしれません。
――一方、そういう大企業に入れなかったり、正規雇用労働者になれないと厳しい生活が待っている。本では韓国企画財政省の「韓国は2020年になっても公正な社会を実現できない」という報告書や、人口約4800万人の韓国で15歳から29歳のニートが29万7000人もいるデータが紹介されています(日本は約1億2700万人で44万人、いずれも2009年)。
佐藤:韓国ではいったん転落すると這い上がれません。またオルタナティブ(代替)な価値観も認めない。日本だと勉強できなくても、秋葉原のようなオタク文化があるでしょう。韓国では学校教育から外れたところに独自の文化が育ち辛いんですよ。たとえば韓国では整形が広く行われていることはご存じだと思いますが、「韓国の美」というのはひとつはっきりしていて、みんなそれを目指すから、見分けのつかない顔になるんですよ(笑)。たとえはAKBのようにいろんなタイプの女の子がいるのは主流ではありません。
韓国でいま起きていることはかつて日本も体験したことだし、またこれから日本が体験するかもしれない将来像でもあります。お互いが揶揄しあうのでなく、学んでいくところが大いにあると考えています。
※プロフィール
佐藤大介(さとう・だいすけ)1972年北海道生まれ。2002年共同通信社入社、2007年韓国・延世大学に社会留学、2009年3月から2011年末までソウル特派員。