【書評】『毛沢東の赤ワイン』(坂村健/角川書店/1890円)
【評者】矢部潤子(リブロ池袋本店)
今回ご紹介するのは、いながらにして世界の今の外食が堪能できる新刊。著者は、本職は東京大学教授ですが、プロフィール欄を見ると大変なことになっています。電脳建築家、研究者、SF評論家、コラムニスト、シュヴァリエ・ド・シャンパーニュ…。なんかすごい。
著者のお名前はずいぶん前から目にしていました。これだけの肩書きがあるのですから、著作もたくさん。書店に入社したころ、棚で異彩を放っていた“TRON”という近未来な響きのナニカ(これは説明しませんよ)、だいぶ経ってから今度は“ユビキタス”というナニカ(これも説明しません)に関する本の著者でした。
ちんぷんかんぷんなくせに、最初の担当が理工書だったワタシは、坂村健=TRONと覚えて事足れりだったのですね。
その後も、コンピューターの実用書というよりはSFかと思うような内容、コンピューターを使った未来を語る本や雑誌で頻繁に見かけていました。
で、今回は料理書横の平台で遭遇。先生、今度は何の本を?と手に取ると、これがきれいな料理の写真も豊富な本。“電脳建築家、世界を食べる”の副題通り、世界中を巡って実際に食した飲み物と料理に関する本音たっぷりの一冊。
タイトルにもなっている毛沢東の赤ワインとは、北京の宮廷料理の店に招かれた時に特別なワインと言われて出されたもの。毛沢東が、ワインなら自国でもできるだろうと言ってその命令により造られた中国最初の赤ワインの数少ない残りの1本だとか。お味のほうは、先生曰く「おいしいとかとはちょっと違うベクトル」だそう。
中国や韓国、ベトナムだけじゃない。フィンランド、スペイン、インド…。サンクトペテルブルクのレストランで出てきたチョウザメまるまる一尾の皿、スウェーデンでの毎日毎食タラと小エビとじゃがいも、ロンドンのコンランレストランでの美味しいフィッシュ&チップス…。
軽い話題で何時間ももたせることはヨーロッパではとても重要らしい。
TRONはあの「はやぶさ」にも組み込まれている制御装置とのことで、つまりは世界を舞台に仕事をしているので自然と料理とワインの話題が不可欠。
つまりは切実な背景があってのことだとか。ちょっと緊張感のあるオンビジネスな食エッセイでした。
※女性セブン2012年10月4日号