9月15日から過激化した反日デモ。日本企業の一大拠点である上海で本誌記者は緊張のなか朝を迎えた。前日、領事館関係者はこう警鐘を鳴らしていた。
「非公式デモがあり暴徒化する恐れが高い」
だが朝の陽光に照らされた上海の姿は一見平穏である。激しいデモが予想された上海総領事館は、用意された「デモ用スペース」に、中国国旗を掲げた約50人の団体が声をあげるだけだ。空しく響く「打倒小日本!」。
記者は領事館とは反対に歩を進める4人組の男たちを見つけた。それぞれ「国土尊敬 民族尊厳」「釣魚島 中国的」などと書かれたシャツを着ている。
記者が日本から来たメディアであることを告げると、4人は背筋をピンと伸ばして態度を急変。しかし――。
「そうかそうか大丈夫。国家と一般人は別ものだから」。どうやら休憩しようとした姿を見られてばつが悪かっただけのようだ。
シュプレヒコール開始から1時間。参加者たちはやめどきが判らず、少し疲れた顔を見せていた。すると近くの警官がこう囁く。
「もう国歌を歌ってお終いでいいじゃない。俺も心の中で一緒に歌ってやるから」
国歌斉唱を終えると、警官はデモ隊の退去を促した。「行って行って、後ろが詰まっているからさ」
デモはあっけなく幕切れた。警察とデモ隊の馴れ合いは上海だけの光景ではない。
広東省珠海市。日本の電機メーカーの生産拠点のこの地でも同日、激しいデモが予想された。実際、中心部には約2000人の民衆が集まったが、1000人近い警察官も同行。デモを先導するのも警察官だ。
デモは和食レストランに空き缶などを投げる行為をのぞけば「行儀のよい」ものだった。終了時にはデモ隊は和気あいあいと記念撮影に興じる。さらに記者は驚くべき姿を目撃した。警察官がミネラルウォーターをデモ隊に配り始めたのだ。
「参加者の熱中症対策で当局が用意していた。結局、余ったので配ることにしたのだとか」(公安関係者)
さらに参加者は、終了地点に停められた大型車両に次々と乗り込んでいく。
「デモ終了地点が郊外なので、参加者の帰りの足のために終了にあわせて路線バス臨時便を手配した」(同)
暴走する民衆と収拾に躍起になる当局。メディアが報じる反日デモと、かけ離れた光景がそこにはあった。
上海在住の日本人ジャーナリストがいう。
「一部地方では暴徒化しているようにみえますが、本気で当局が取り締まろうとすればいくらでも鎮圧できる。民衆蜂起を演出しているだけです。メディアに報じさせることで、日本側に圧力をかける意図があるのでしょう。一方、国内の治安を揺るがすような都市部のデモはしっかりとコントロールしています。中国はしたたかですよ」
日本のメディアが切り取った騒乱シーンばかりに目を奪われていると、事態の本質を見誤ることになる。
※週刊ポスト2012年10月5日号